Vongolian Operetta<1> affettuoso <5年後> 闇は怖い。しかし惹かれる。 何故か。 綱吉は暗い部屋の中、夜空と、地平線で空に接するイタリアの街並みを眺めてい た。デスクに座って、執務室の大きな窓を開けて。 部屋の中は暗い。しかし綱吉は明かりを灯そうとはしない。 時々地中海地方特有の温かな風が吹き込んできて、綱吉の茶色い髪とシャツの襟 を揺らす。 コン、コン ノックの音。 「どうぞ」 扉を振り返らずに声をかける。 「失礼します」 重厚な扉がゆっくり開けられ、書類を持った青年が入ってきた。 ようやく綱吉は振り返る。昔と比べだいぶ伸びた肩までかかる髪の毛が、ふわり と舞った。 綱吉は青年の姿を見て微笑む。 「お疲れ様、バジルくん」 「ありがとうございます」 バジルは綱吉に微笑みを返しながら、窓辺へ歩む。 「寒くはありませんか?」 「大丈夫」 気遣いを嬉しく思いながら、綱吉は視線をまた窓の外へと向けた。 バジルが来たからには当然何か用事があるのだろうから、目をそらすのは失礼だ と思う。けれど、今はイタリアの街並みが、夜空が綱吉を惹き付けて放してくれ ないのだった。 バジルもそれがわかっていて、だからそれを不愉快だと感じたりはしない。 ただ、労りだけは忘れない。 「明かりをつけましょうか」 綱吉はどんどん明かりが増える地上を楽しそうに見下ろしながら、首を振る。 「なんでかわからないんだけど…暗いままで、いいや」 「わかりました」 つくづくよくできた側近だと思う。自分の意見を最大限考慮してくれ、それでい て進言を忘れない。そして、的確。 我が父親ながら、よくもまあここまで育て上げたものだ。 「半年…なんて、あっという間だね」 バジルも窓の外へと目を向ける。 石造りの家々が立ち並ぶ様は、整然としているとは言い難い。しかし、確かにそ れは愛すべき場所。 半年前まで九代目が、半年前から十代目が、守る土地。 「そうですね」 綱吉がイタリアに渡ったのは一年と少し前。高校を卒業してすぐのことであった 。 まだ九代目がボンゴレを仕切っていたものの、早めに慣れておいた方が日常生活 面でも幹部達との連携という面でも綱吉にとって良いだろう、という九代目の配 慮により、綱吉はイタリアはシチリア島のボンゴレ本部兼ドン・ボンゴレの館に やってきたのである。 始めはまず言葉がわからなくて戸惑い、日本恋しさも手伝って帰りたくなること もよくあった。 けれど大切な仲間達と、想像していたより何倍も心優しいイタリアの人々のおか げでなんとか頑張ってこれた。 そして半年前。九代目が老いと綱吉の実力・努力を認めたという理由でもって引 退を宣言し、十代目ドン・ボンゴレ、沢田綱吉が誕生したのである。 綱吉は自分の大切な街と空をいとおしそうに見つめて、バジルに向き直った。デ スクから降り、デスク上のスイッチで部屋の電気をつける。 ステージにスポットライトが照ったように、途端に部屋の中が広くなったように 感じられた。 ボンゴレ十代目の執務室には窓を背にしたデスクと、デスクから見て右側の壁に 備え付けられた本棚、そして左側の壁に歴代ドン・ボンゴレの肖像画が並んでい る。十代前からずっと使われてきた執務室は、綱吉のお気に入りの場所だ。 「それで…どうかした?」 バジルは何も言わずに、綱吉のその言葉が出るのをじっくり待っていた。綱吉に とって、こういうことも、とても嬉しい。 バジルはバジルで、自分がしてさしあげることをきちんと理解してくれるこの主 が、とても嬉しかった。 書類をめくりながら――綱吉が明かりをつけるまでは暗くて読めなかった。こう いう配慮もバジルには涙が出そうになるほど嬉しい――バジルは報告を始める。 「まず…雲雀殿と六道殿から、仕事を終えたと先程連絡が入りました」 「ちょっとストップ」 綱吉は手でバジルを制す。う〜んう〜んと考えこんで、恐る恐るバジルを見る。 「あの二人に頼んだ仕事って何だっけ…?」 「え、と…南部で横行していた麻薬密売組織の潜入捜査及び壊滅と、スイス国境 で問題となっていた大手武器密輸グループの取り引き現場の証拠確保及び壊滅で すが…」 「なんで!?」 バジルの無駄な言葉一つない報告に、綱吉は声をあげた。さすがのバジルもびく っとなる。 「雲雀さんには北部に、骸には南部に――『別々の任務に』行ってもらったんだ よね!?何で二人同時に終わるのっつか二人がここ出発したのってバラバラだし 、まだ三日も経ってないじゃん!たった三日で…」 「で、ですが…」 バジルは慌てて書類をめくる。 「確かに報告はありましたし、つい先程のニュースでどちらも壊滅状態と…」 「あ、ありえない…何で同時に帰ってくるの…」 綱吉は頭を抱えて座り込んだ。その様子にバジルは慌てる。 「あ、あの、沢田殿」 「…ああ、いいよ…続けて…」 綱吉はやる気なさげに手をパタパタ振った。バジルは書類に目を落とし、伝達事 項の数々を見て、正直この書類は燃やした方が綱吉のためなのではないかとまで 思った。が、仕方ない。いずれはわかることなのだから。 「報告自体はこれだけなのですが…一応今日これからの予定を」 「…これから?」 「はい。今日長期任務から獄寺殿、山本殿が帰ってきます。それから今日は了平 殿とランボ殿が早々に任務を終えて昼頃から屋敷内に。今夜の食事会はウ゛ァリ アーの皆が来る予定ですし、久しぶりに親方様がいらっしゃるとつい先程連絡が 入りました…それから今日は月の始めのアルコバレーノの皆様の会合があり…… 」 「うええええ!!?な、何でみんなそんな一気に…!?」 綱吉の顔が真っ青になる。ぎゅっと自分の身体を抱きしめ、目を大きく見開いて 固まってしまう。 そんな主の姿にバジルは心からの同情の眼差しを向けると、綱吉に視線を合わせ るように片膝をついた。 「大丈夫ですよ、沢田殿…。この前のことがありますし、さすがにもう――」 綱吉は顔を上げた。至近距離で目が合う。綱吉は既に涙目になっていた。 「バジルくん…」 『うっ…』 正直この目には弱い。うるんだ瞳が自分を見つめてきて、心臓の鼓動がわかるほ ど大きく響く。 「ねえ、バジルくん…」 「はっ…はい…」 「一緒に逃げない?」 思いもよらぬ言葉にバジルは言葉も出ない。 綱吉は何かを決心したように一人うん、とうなづくと、真っ直ぐにバジルを見つ めた。 「またこの前みたいなことが起きたら俺、もう耐えらんないよ…。ね、一緒に逃 げよう」 「でっ…!ですがそれは…」 綱吉はバジルのスーツの裾を頼りなげに指先だけで掴む。 「本当はバジルくんにこんな駆け落ちみたいなことさせたくないんだけど…」 駆け落ち。バジルの脳内でその言葉がぐわんぐわんと響く。 「…ね?今晩だけだから…」 うるんだ綺麗な瞳に訴えられ、バジルが流れに身をまかせかけそうになった、そ の時。 ドオオオンッ! ドガアアアンッ! ガッシャアアアンッ! 『………』 ズドドドド! ドッバキッガンッ ――! ――!? 突然静寂を破り、爆発音破壊音銃声音殴打音並びに怒鳴り声叫び声がボンゴレの 屋敷内に響き渡り始めた。 「…来ましたね」 「…来ちゃったね」 あきらめたように呟き、綱吉とバジルは立ち上がる。その際手を貸してくれたバ ジルの心遣いが嬉しいが、今はそれを喜ぶ状態ではない…。 「あのさ…」 綱吉は窓を閉めながらぼんやり言う。焦点が合っていない。 「何ケタかな」 「そうですね…」 書類を整えデスク上に置きつつ、バジルは考える。 「俺は、三ケタいくと思うよ」 「…では、希望的観測で…ギリギリ二ケタで」 「ありがと……」 「いえ、すみません…」 そうして二人同時にため息。 「行こうか」 綱吉は部屋の電気をきちんと消し、バジルが開けた扉へふらふらと歩いて行った 。 「うわ」 「これは」 眼前の状況は凄まじいものだった。 ボンゴレの屋敷は四階建てで、入るとすぐに巨大な空間に出る。ワインレッドの 絨毯が全面に敷かれたロビーは、正面に二階へ上がる幅の広い階段を有し、テー ブルがいくつか設置されて通常は軽い団欒の場となっている。 しかし、現在。 「てんめえ!今日という今日は許さねーぞ山本おおおっ!」 ドオオンッ! 「な〜に怒ってんだよ獄寺〜」 ザシュドスッ 「久しぶりの合戦か俺も混ぜろ!行くぞ極限ーっ!!」 ドッガアン! 「うわあああ誰か助けてえぇぇガマン〜っ!」 ビシャアアン! 「君いい加減ここに来るの止めてくれないウザいんだけど」 ガッ 「クフフ、そちらこそいい加減出て行ったらどうです?消しますよ?」 ドガッ 「何だ貴様文句あるのかええ!?」 コオオオ 「うお゛おい、ありまくりなんだよボスさんよお!まず定期的にボンゴレの屋敷 に来るの止めろやあっ!」 ザクッドンッ 「何の真似だコロネロ殺られてーのか」 ドッ 「はっ、てめえにんなことできんのかコラ。そんなヘボ弾当たるかよ!」 ドンッ 「うわあああオレのタコがあああっ!?」 ドスンッバコンッ 「お〜いツナどこだ〜?父さんだぞ〜♪」 『……』 普段は壮厳な雰囲気漂う一階ロビーはしかし、現在多数のマフィア(それも半数以 上が仲間)によって壊滅的被害を受けていた。 絵画は吹っ飛び美術品の数々は砕け散り、テーブルや椅子は身を銃弾から守るた めの盾となったり投げつけるための(これが本当の)飛び道具となっていたり、壁 や絨毯からはそこかしこで煙が上がっておそらく再起不可能。その中をいい歳し た男達が暴れまわっているのである。綱吉とバジルも絶句だってしたくなる。 「…三ケタ、は確実にいったね」 うんざりした綱吉の物言いに、バジルは心の中でこれでもかというくらいため息 をついてうなづく。 「はい…」 「四ケタ…いったかもね」 「……はい」 綱吉は階段を上がった二階の死角から、階段に向かって歩き出した。慌てて追いかけるバジル。 「バジルくん…後で被害総額算出よろしくね」 「はい」 「みんなの給料から割り勘で引いといて…うわ、やっぱ四ケタいきそうだ」 先程から二人が言っているのは今回の被害総額。ちなみにユーロ換算なので、日 本円で桁数をイメージすると痛い目を見ることになる。 綱吉は階段の一番上段中央に立つと、息を吸い込んで叫んだ。 「やめてーっ!この前散々壊しまくったばっかりじゃんかー!もうやめてよーっ !」 綱吉は必死に叫ぶ。 が、皆戦闘に必死で綱吉の懇願を聞いていない。 「……」 綱吉は拳をぎゅっと握りしめた。 「バジルくん」 「は…い」 ただならぬオーラが綱吉から放出されているように見え、バジルは顔をひきつら せる。 「下がってて」 綱吉が両拳を胸の辺りまであげた。 「は…!はいっ!」 バジルは何が起こるのかを瞬時に悟り、綱吉の姿が見られるギリギリの所まで下 がった。 変わらず戦闘を続ける皆に、不穏な空気が押し寄せてきた。 『…?』 皆が階段上を見やると、そこには愛するボスの姿。しかし…周りに渦巻く怒りの オーラが尋常でない。 「俺が…必死に…頑張ってるってのに……!」 綱吉はつぶっていた目を開けた。 瞬間。 ボウッ 綱吉の額に、手に、そして背景に、炎が燃え盛る。 『!』 思いっきり両腕を振り上げ、金色の目で綱吉は叫んだ。 「いい加減にしろーっ!!!」 ドッ…ガアアアアアアンッ!! 振り下げた手から放出された炎によって、一階ロビーは火の海になった――。 「まったく…ホント何考えてるんだか!…行くよ、バジルくん。二人でご飯食べ よ。…何。お前らは仲いいみたいだから仲良く勝手に食べてれば?……っ、もう 知らない!バカーっ!」 皆の言い訳やら文句やらに泣き出し走ってゆく綱吉と慌ててそれを追いかけるバ ジルを、瓦礫の下敷になりつつ皆は涙で見送ったのであった。 (affettuoso…愛情をこめて、の意) 終(わった…) 長いですね…無駄に。でもこのシリーズはまだまだ続きます。 よろしければまた読んでやって下さいなvv