09.瞳そらした困り顔(サカミハ)






「はいどうぞ」
「ど、うも…!」


差し出されたジュースをカチコチになって受け取る。氷がガラスと触れ合いカチンと音を上げる。自分のせいではなかったが、三橋はびくりと肩を震わせた。
そんな三橋の様子を見て栄口はくすりと笑う。可愛いなあ、と自然な感想を持って(だって本当に可愛いのだから)、同時にもっと慣れてくれればなあ、と思った。
三橋は栄口の家に来ていた。一応「古典の勉強を教える」という名目はあるのだが、付き合いはじめた二人からするとこれでもどきどきのシチュエーションだったりする。ちょうど栄口の家族は出払っていて正真正銘二人きり。それでも普段と変わらず三橋はビクつくので、栄口からすると少し寂しいというか、なんというか。

――でも、まあそれでもいいかな。

横に置いたかばんからノートと筆記用具を取り出し、テーブルの上に置く。名目とはいえ万年赤点ギリギリな三橋をテスト前にのんびりさせるわけにもいかない。


「えっと、三橋も何か書くもの出してね」
「あっ…う、ん!」


必要以上にばたばた手を動かしてかばんを漁る。いつも学校に教科書の類を置いているから、今日だって入っているのは古典の用意だけなのに、極度の緊張から手が震えてすぐに取り出せない。


「あ、う」


それでもようやく薄っぺらいノートと教科書、筆箱を取り出し恐る恐る栄口を見やる。いつもの優しい笑みに迎えられた。

――あ。

力強く胸を掴まれた気分。申し訳ないなんて気持ちはどこかへ吹き飛ぶ。


「はい、じゃ、始めようか」
「う、ん」


三橋は範囲を確かめながら教科書を開いた。
なんていいひとなんだろう。いつもそう思って、嬉しくなると同時によくわからなくなる。
いいのかな?とか、なんで俺なの?とか。他にもいろいろ。
今まで幸せで困るなんて経験がなかったために、三橋は今の状況を心から喜んでいいのかたまに迷ってしまう。
大好きなひとが、自分のことを好きでいてくれる、なんて。
ちらり、栄口の顔を見る。彼の目は教科書にまっすぐ注がれていて、別に特に意識していないのだろうけれどとても柔らかな温かな瞳で、
とても、


「…三橋?どうかした?」


盗み見なんて柄じゃない三橋はこういうときすぐバレてしまう。しかしそれが本人にとってはいい方向に進むのであまり問題はない。
優しい瞳に捕えられて、三橋はうお、と声を漏らした。普段なら慌てるところなのだが、心のどこかで見てくれないかな、と思っていたりしたので珍しくふひ、と笑った。
三橋の突然の笑顔に栄口は少々驚いたものの、好きな子に微笑まれて嫌な男なんていないわけで、口端を緩ませ手を伸ばして三橋の頭をくしゃくしゃ撫でた。


「なんだよーいきなりー」
「ふあ、さかえ、ぐち、くん」


ちょっと恥ずかしそうに笑う彼。優しい手に自分がいかに大切にされているか思い知る。そんな瞬間が栄口といると本当に多い。ぎゅうっと目をつぶって手を受け入れる。
とてもいいひと。でもそれ以上に、とても、


「あの、ね」


ひとしきり撫でて離れていった彼の人の手を名残惜しげに目で追いかけて、三橋は言葉を発した。


「おれ、ね、その」
「うん?」


うろうろさまよう視線はいつも通り。でもそのほっぺたが赤くて、相槌を打ちながらどきんっ!と心臓が高鳴った。

――あれ、俺何こんな、


「おれ、とっても、ね、」


三橋が言い淀んで、決意を固めたのかしっかり栄口の顔を見た。


「栄口くんのこと、スキ、だよ!」


ぽて。栄口の指からシャーペンが滑り落ちた。ノートの上をころころ転がって、消しゴムにぶつかって止まる。

――な、な、な、

いい意味で衝撃の言葉に、ダメだダメだダメだと思いながらも栄口は瞳を逸らした。顔は相当真っ赤だろう。それこそリンゴも真っ青なほどに…って意味わかんないよ俺!
相手は三橋なんだからこんな反応したら絶対にキョどるに決まっているのだ。三橋が悪いわけじゃないのに勘違いして落ち込んで、泣く。他の奴らがやるようなミスは絶対しないようにと思っていたのに、なのに。
意味もなく額に手をやる。手も額も汗ばんで、余計に心音が速くなった気がした。
当の三橋は何も言わない栄口にきょとんとしたものの、彼が思っているほど自分を責めるような状態には陥っていなかった。
というか、あまり見ない栄口の表情の方に気を取られていた。
いつもにっこり笑顔の彼が、珍しく困った顔で瞳をそらしている。三橋にもわかるくらい頬が赤くて、時折小さく「あー」とか「うー」とかよくわからないことを言っている。
三橋は、ふへ、と笑った。自分のためにこんな顔になってくれる人が、いてくれる。嬉しい――そう思えるようになったのは、それが自惚れなんかじゃないと教えてくれたのは誰より大好きな彼だから。


「うー…」


横目でしっかりその笑顔を見てしまって、安心半分、恥ずかしさ半分で栄口はうめいた。
可愛いなと思ってる。でもなにより素敵な子だ、と思う。野球に対する姿勢も、誤解を生むけどその性格も。だからそんな子に好きになってもらえるなんて思っていなくて、ずっと「いい人」どまりも覚悟していたけれど。

――好きだ、って言って、ホント、よかった。


「みはし」
「うんっ」
「へへ…」
「うひっ」


なんとはなしに笑うと、おんなじように笑い声が返ってくる。そしたらまた自分は笑顔になれて、それで相手もまた、笑顔になって。ときには困り顔も挟んだりするけれど。


「おれも。おれも、三橋のこと、すきだよ」
「お、おれ、だい、すき、だよ!」
「…ふふっ」
「?」
「じゃあおれは、だいだいだーいすき、かな!」


両腕をばっ!と広げて大げさに表現してみると、三橋は目をまるくさせて瞬いて、湯気が出るほど真っ赤になった。









甘い。サカミハ好きすぎてなんか他と比べて甘すぎやしませんか空月。でもこの二人はこれくらいほのぼのらぶらぶでも可愛いと思うのですよ。
黒世界も大好きですけどね!


07,9,30





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