05. 仕方なさ気でも面倒見は良い(ハナミハ)
「仕方ないな…ほら、これ」
「お前なあっ!あっちだあっち!」
「まったく…遅れんなよー」
「……」
三橋はぼんやりしていた。周りでは、皆が楽しく騒がしく過ごしている。
西浦高校野球部は今日一通りの練習を終え、楽しいおにぎりタイムを満喫していた。
ゲームで決まったおにぎりの具を見せ合ったり麦茶をガブ飲みしたり、案の定ふざけあったり。休んでいるのかゲームの延長なのか、暗い中遠目には測りかねるほどである。
日も暮れて光源は周りからこぼれるライトのみ。西浦には夜間練習用のライトが無いので部室の明かりでさえありがたい。
「……」
篠岡から渡された麦茶をちょっとだけ飲む。氷が解けて、少し薄い。香ばしいにおいがちょっとだけした。
元来大食いというか早食いというか、三橋は出されたものをペロリと食べてしまう。今日の昆布おにぎりもすぐに消えてしまった。
更に珍しく誰も三橋にからんでこないのでなんとなく手持ち無沙汰ではある。
それでも三橋の顔はいつもの、羨ましそうにかつ邪魔しちゃいけないと引っ込もうとするものではなかった。あくまでもぼんやり、団欒の中心を眺めている。そこでは至って普段と同じように、キャプテンが騒ぐ部員をたしなめている。
「全くお前は…」
田島を小突くと、頼れる4番はぎゃははと馬鹿笑いを上げて走っていってしまった。
花井はふう、と肩を落としてため息。
――花井くん、たいへん、だ。
どう頑張ってもなかなか他人に自分の気持ちを伝えられない三橋はしみじみ思った。キャプテンというのは、理屈抜きで本当にすごいと思う。
花井は他にも馬鹿をやっている者がいないかキョロキョロ目をやり、
「あれ」
視線は、三橋の上で止まった。
あちらから見られる前にずっと見つめていたので、三橋は目が合ったことにすぐに気づく。瞬間びくんっ!と肩を震わせたが、不思議なことに目を逸らさない。むしろ花井の方が驚いて、ワンテンポ遅れてなんとはなしに頭を掻いた。
「どうした、三橋?」
その距離五メートル以下。すたすた歩いて三橋の前までやってくる。周りは相変わらずひどくうるさい。セミが負けている。
三橋は近づいてくる花井を目で追った。ほけーと口を開ける姿は頭がおかしくなってしまったようにも見える。
「大丈夫か?」
「……」
三橋からの反応がどうも薄い。いや、普段だって決してはっきりした行動をとる子ではないのだが、それにしたってぼんやりしている。
花井は三橋を頭のてっぺんから足先まで往復で見て、その手の中に何もないことに気づいた。これか?
「もうおにぎり食べちゃったのか」
痩せ気味の投手のためにおにぎりは多めに作ってもらっている。それでも細い体のどこに入るのだかぱくぱく躊躇わずに口に突っ込んでしまい、三橋のおにぎりは常に光速で消えてしまう。
のどに詰まらせないか心配なのでやめてほしいと、花井はかねがね思っていたりする。
――詰まらせ……?
え、もしかしてホントに詰まらせたのか!?と花井は三橋の肩を掴んで顔を近づけた。さすがの「珍しい状態の三橋」もこれにはふつうにギョッとして、仰け反る。
「うおっ」
「だ、大丈夫か!?息、息はっ?」
それこそ息がかかるくらいの至近距離、三橋は何を言われているのかよくわからない混乱を抱えたままがくがく揺さぶられた。
「ふ、う、おっ!?」
げほっ!と大きく咳をすると、花井は慌てて背をさすってくれる。本当はのどに何も詰まらせてはいないし総合的には花井のせいなのだが、一番の当事者である三橋はそれを理解できていない。
「だいじょぶか?息、できるか?」
「う、ん、へいき」
心配そうに顔を覗き込んでくる花井に、ユニフォームの胸の辺りを掴んで、三橋はへらっと笑った。と、何か冷たいものを肌に感じてぶるっと震える。
見ると泥だらけのユニフォームに手に持っていた麦茶がかかっていた。三橋は大きく目を見開く。
「あわ…」
「わ、わりぃ!ちょ…篠岡ー!タオルー!」
花井は三橋以上のリアクションで驚いてすっくと立ち上がると駆けて行き、マネージャーの手からタオルを受け取って帰って来た。行動の早さに三橋の目と頭は付いていっていない。
ただ、すごいなあ、と。
自分の状態は放っておいて、ちょっとズレた思考回路で思うのみ。
タオルを渡され今度は手から麦茶の紙コップが奪われていった。それにまた驚いて、気がつくと手にはなみなみと麦茶が注がれたコップ。
「ほら、もう大丈夫…だよな……?」
問われて顔を上げると未だ心配そうな表情の花井がいた。
花井からすると、手がかかると言っても田島と三橋ではそれこそ雲泥の差がある。田島は行動範囲が異常に広いしやることなすこと速いので常にトラブルを引っさげてくるが、こちらの対応(それが単なる注意であれ怒りであれ)にしっかり反応が返ってくる。笑うだの悪態をつくだの、当たり前の話だが何を考えているのかすぐにわかるのでありがたい。それと比べて三橋はそんなに活動的ではないし褒めると簡単に気分が変動するということで扱いやすい一面もあるのだが、その後の反応がイマイチ読めないところがある。今のは喜んだのか、ヘコんだのか、悲しいのか。そのときどきの感情をうまく表情や言葉が表わしてくれない。
そうなると比較的型にはまって生きている派の自分はどうしていいかわからなくなる。田島や泉じゃあるまいし。阿部、のようなやり方もさすがに遠慮したい。栄口も同様。
三橋は花井をゆっくり見上げたのち、またさっきのような顔になった。小さな口を開けて、こちらをぼんやり見ているだけ。
違った?花井は固まった。もしかしてさっき、のどに詰まらせたとか何とかはすべて勘違いで、じゃあ自分は勘違いで三橋を揺さぶって、勘違いで三橋に麦茶をかけてしまって、勘違いで勘違いで――
「ああああ…」
花井はその場に座り込んだ。なんだか一気に疲れた気分。身体の芯を台風が突き抜けていったみたいな?それも自分ですべて勘違いして。
「はない、く…?」
不思議そうな顔の三橋にぱたぱた手を振って、なんでもねーからーと弱々しく笑う……笑ったつもりだ。定かではないが。
「三橋…おにぎり、のどに詰まらせた?」
「へっ?う、うん!」
どっちだよ…。思わず言いかけて、口をつぐむ。相手が誰かよく考えろと脳内で指令が下った。
たぶんこれは「ううん」。そうじゃなければその直後に「ありがとう」があるはずだから。
「あー…ごめん、三橋」
「?」
「なんか…その」
なんと言えば三橋は理解してくれるのかさっぱり、だ。
伝えなくちゃいけないことを頭の中で箇条書きにして、最低限に縮めて、できるだけわかりやすい言葉で、短く。現国のテストかお前は。
「ええと…ごめん、な」
結局謝罪の言葉しか出てこなくなる。的確だが大切なものを省きすぎて何も残っていない。意味がない。なんか俺の人生そのものかもしんない…と花井はズレた方向に悩み始めた。
がっくり肩を落としたキャプとは対照的に、三橋はようやっとぼんやりから抜け出してきた。
「あ、」
何て言えばいいだろう、と思った瞬間に声が先に出てしまった。三橋はすぐに口を閉じて、しかし珍しく言葉が先走ったのでその違和感に嬉しくなり、もう一度口を開く。
「あのっ」
「…えぇ?」
ちょっぴりハイテンションな三橋に、花井は結構なローテンションで返す。その様子に気づいていない三橋はますます嬉しくなって、さきほどから思っていたことを勢いよく口にした。
「花井くんは、スゴイねっ!!」
「……は」
ちょうどヘコんでいるところでいきなりすごいと言われても。花井はばちばちばちと瞬きをして、ロボットのような動作で首を傾げた。
「ええ…おー…三橋?」
「うんっ」
気のせいかキラキラし始めた三橋の顔を訝しげに見つめて、花井は逆方向に首を傾げる。
なんだどうした、今度はなんなんだよ三橋?
厄介事なら巻き込まないでほしい。頼み事なら軽いもののみで。
――頼む、三橋。できるだけ、楽な方向で。
「どこが、すごいんだ?」
「あのねっ」
身体を乗り出してすぐさま言葉を紡ぐその姿は三橋ではないようで、花井は本当に頭がおかしくなってしまったのかもしれないと思った。そうしたらどうしよう、とまで考えたところで、思考が止まった。否、止められた。
「お、おれ、花井くん、かっこいいなって、」
「へ。」
「あのね、みんなのこと、見てて!それでそれで、すっごく、よくして、くれ、る、からっ」
「いや…べつに、おれは…」
なんだか申し訳なくなってきた。三橋にしてはわかりやすくしゃべった方である。つまりは世話焼きである、と言いたいんだろう。確かにやっていることは表向きそうだけれども、それは花井がキャプテンだからだ。キャプテンだから仕方ない。キャプテンになってしまったのだから、多少の責任感は必要。そのくらいの常識はある。いや、分別か?
あくまで心の問題ではあるけれども、いちいちみんなのためだとか考えているわけではないし、なんだか後ろめたい。
「あのな三橋、別に俺キャプテンだからやってるだけで。仕方なく…ってほどじゃないけど、まあ、あんま何も考えてないっていうか…」
「すご、い、ね!」
「だっ……!」
だから何がだー!?叫びそうになってなんとか耐えた。耐えた自分をちょっと褒めてあげたくなりつつ。わけもわからず褒められるというのがこんな拷問に近いことだとは知らなんだ。
こんなにめんどうなのに。でも、三橋のことはどうも嫌いにはなれないのだ。その逆の感情は、忘れたので放っておく。さっきかっこいいって言われて一瞬だけ真っ赤になったのは、誰も知らないから無かったことになった。
花井の葛藤にまるで気づかずに、三橋は楽しそうに。
「だって、何も考えてないって」
「ええ?」
「なのに、みんなのこと、見て、て」
かっこいいよ!何が嬉しいのかとても素敵な笑顔でエースは言う。
違うよ、勘違いだよ、ちょっと待て。
思ったことはすべて音にならず、がらがら崩れてゆく。
誰も見ていないことをいいことに、キャプテンはほんの一瞬だけ、エースを抱きしめた。
終
初ハナミハは相変わらずな奇妙な文になりました。
仕方なくやってる花井くんが好きな三橋とかどうだろう。積極的にじゃなくて、あくまで仕方なく。でも頑張る花井キャプ。
07,9,14
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