02. 俺様でもキスは優しい(ハルミハ)






練習終わったらすぐ来いよ。こちらが返事をする前に、電話を切られた。携帯を閉じて、そっと、カバンのポケットに滑り込ませる。
あの人は、いつだって我が儘で勝手なので、もうキョドったりしない。
心がリンゴなら、サクッとナイフで切られたみたいな感じ。かすかに甘い匂いが香る感じ。
鼻がむずがゆくなって、三橋はワイシャツの袖でごしごしこすった。






「おれ、です」
「おせーよ」


呼び鈴にすぐに出てきた彼は、三橋の手を強引に引っ張って家に押し込んだ。
初めてのときは怖くて怖くて泣きそうになったが、もう慣れっこ。
フローリングの廊下をずんずん進み榛名はリビングに三橋を促し、扉を閉めた。


「座ってろな」


言われるままカーペットの敷かれた床に座り込む。低いテーブルを挟んでソファがあるが、座らないことにしている。
リビングとつながったオープンキッチンからジュースと湯気を上げるコーヒーを盆に乗せてきた榛名は、ちょこんと座った三橋を見てニヤリと笑った。
盆をテーブルに置いて、三橋の隣りにどかっと座る。


「ソファ、座れよ」
「…いや、です」
「俺の言うこと聞けねーの?」


顔を覗き込まれ、三橋は唇を噛んでうつむいた。


「榛名さん、ほんとは」
「ん?」
「俺のこと、すき、じゃ、ない、でしょう」
「ああ、好きじゃねーよ」


即答されて三橋は顔を上げた。てっきり否定してくれるものと思っていたのに。
くちゃっとなった三橋の顔を見て、榛名は吹き出す。


「ほら…っ、ソファ行けよっ」
「キライ、なら、そういうことやめ、て、下さい!」
「命令」


どうやっても榛名の言葉には逆らえない。三橋はヨロヨロと立ち上がって、ソファに座った。
榛名も立ち上がり、三橋の隣りに腰掛ける。
手を伸ばし、三橋のふわふわ頭を優しくかき混ぜた。三橋は嫌そうに榛名に目を向ける。
その視線は気にせずに榛名は三橋を抱き寄せて、頭に軽くキスをした。
まるで倦怠期のカップルみたいに接するくせに、スキンシップだけは甘い。好かれているのかなんなのか、よくわからない。


「やわらけーな、相変わらず」


三橋の頭に顔をうずめて榛名は言う。楽しそうな口調に、ちょっとムッとした。


「俺のこと、キライなクセに…」


つぶやくと、顎を持ち上げられた。
うお、と声を出すと、整った顔が息のかかるくらい近くにあって。
唇に、暖かい感触。ああキスされてるんだなあ、と思って、ぼんやりした。
つながった部分から暖かさが広がって、それでいて外からも包み込まれているようなキス。
優しい優しいキス、なのに。


「んっ…ふえっ…」
「んー?」


三橋の頬をポロポロこぼれる涙を見て、榛名は目を見開く。


「何泣いてんだよ…!」
「だって…榛名さんの気持ち、おれわかんない…っ、」


心のリンゴはもはやぐさぐさ沢山のナイフに刺されて、今にも崩壊しそうだ。
榛名に好かれている、なんておこがましいとわかってる。でも、ウソでもいいから言ってほしかったのに。


「榛名、さん、おれのことキライなのに、なんで!?」


ぎゅう、と服を握ると、


「ばーか」


やたら優しい低い声が、降ってくる。見上げると、目を細めて苦笑する顔。


「電話で好きなときに呼び出して、俺の家まで来させて、そっけない言葉で心配させたりイライラさせたりして」
「う…?」
「こっちの気まぐれで抱きしめて、キスする」


三橋の肩に頭を預けた。はーっと息を吐く。


「ああ、コイツは俺のものなんだーって、すげぇ、わかる」


幸せすぎてちょっと崩れた顔は見られたくないのでこの体勢はありがたい。三橋の顔が見られないのは残念だけれど。
まあ、顔がいつもの二枚目に戻ったら見ればいい。体が硬直したのは伝わってきたから。


「好きじゃねーよ。愛してんだよ」


殺し文句は低い声でゆっくり。
顔をゆっくり上げると、頬をピンク色にした三橋と目が合った。小さな口を少し開いて瞳を潤ませた姿は、落ちない男はいないだろってくらいの可愛らしさ。


「わかったか?ん?」


額をくっつけると、三橋はぱちりとまばたきをした。かああ、とそれこそリンゴもびっくりなほど赤く染まる。


「う、お」


目を合わせたままちょっぴり黙って。


「はるなさん、ズルイ…」
「何が」
「それ、榛名さんばっかりいい気分、で」


俺はなんにも得してないです。三橋は非難がましく榛名を上目遣いで見る。

――バカ、んな目で見るなよ!襲っちまうぞ!?

う、と榛名は言葉を詰まらせ、ため息をついた。


「じゃあどうすればいいんだよ」
「キス、して」


榛名はきょとんとした。三橋はまじまじと見つめられて、慌てて、してください、と訂正した。


「……」

ふわり、と頬に大きな暖かい手が添えられる。
瞳と瞳がぶつかって、そうっと閉じられて、交わされるくちづけはやっぱり優しい。




「はるな、さん」
「おう」
「おれのこと、好きじゃなくて、愛してる、んですよ、ね?」
「…まーな。お前は?」
「…好きじゃないです」
「ふーん」
「愛してもいません」
「えっ…!?」
「だいすき、です、カ、ラ…」
「!」









なんでこんな変な文になったのかは不明です…。でも榛名さんは三橋は自分のものだ、って思うためにわざとちょっとそっけなくしたりすると思う。でも自分が三橋にそっけなくされるといじける。


07,9,11



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