01. 見てないようでちゃんと見てる(イズミハ)
「三橋」
「う、おっ」
「そこ段差。気をつけろよ」
泉は三橋の肩に手を置くと目で三橋の足下をちらり見て、言った。三橋が固まって足を止めると離れてゆく。
肩から暖かい重みが消えてしまって、三橋はなんだか言いようのない寂しさを感じた。
――あれ、で、も。
グラウンド整備のために歩いていく泉の後ろ姿をまじまじと見つめて、三橋は首を傾げた。
さっきまで泉は田島や栄口と話していて、自分からは離れたところにいたはず。いつの間に後ろに来ていたのだろう。
テレポートかな?と思ったが、そんなこと言ったら呆れられそうで怖くって、けれど泉ならそれくらいやってのけてしまいそうで、ちょっと混乱。
でも、
――泉くんは、すごい、な!
いつもの帰着点にうまく着地してしまうので、そういうことについて三橋はあまり悩まない。
――あ、マウンド…。
そして珍しくマウンド整備をやらなきゃ!という義務感を自分から覚えたので、そんな自分が少し誇らしくもあり三橋はグラウンドに飛び出そうとした。
すると、
「わわっ…!」
ぐらり、傾く視界。さっき泉に注意されたにもかわらず、足下の段差でバランスを崩してつんのめってしまった。
青い空が視界から消えて遠くのフェンスが目に入って、すぐ目の前に湿った地面が現れて。思ったより冷静に変化する光景を見ていると、前から抱きとめられた。
見上げた先には、グラウンド整備をしていたはずの、泉の顔。
「あ、う、」
呆れられてしまう、と思って三橋はいつもより近い泉の顔から目をそらした。抱きしめられていることに対しては反応はないらしい。泉は息をつく。呆れている風もない。むしろそれが当たり前だとでも言いたげに平然としている。
「言っただろ、危ないって」
「ご、ごめん、な、さ…」
「ひねったりしてないか?大丈夫?」
足に目をやる泉に、三橋はぷるぷると首を振って大丈夫だと伝える。
「ならよかった」
泉はそう言うと、細い腕からは考えられない力で三橋を抱っこするように持ち上げた。
その方が簡単かつ安全だという判断らしい。
「いっ…!?」
急に足が浮き上がって三橋は声を裏返らせる。でもそれも一瞬で、すぐに地面に下ろされた。
「ほら、行くぞ」
ユニフォーム越しから感じられた温度がまた逃げていき、三橋はまた寂しくなる。
けれど今度はすぐに手を取られた。驚いて泉を見ると、もうその視線はマウンド方向に向いている。
すたすた歩き出した泉に慌ててついていきながら、三橋は戸惑いがちに口を開いた。
「い、ずみ、くん」
「なに?」
怒られたり聞き返されたりしたくない。それでも上手く言葉を紡ぐ自信がなくて、三橋はキョドキョド目を泳がせる。前を向いて歩いている泉には見えていない。
「なん、で、俺のこと見てないのに、俺が、わかる、の…?」
もし怪訝な瞳が返ってきたら、と思ったけれど、泉は大して驚きもせず。
「ああ」
と相槌を打った。
「わかるよ」
そう言って足を止める。振り返った顔には、不敵な、とでも形容すればいいのか、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
まっすぐな瞳から目をそらせなくて、三橋はうお、と言葉を漏らす。
「わかるよ。ちゃんと見てるんだから」
(泉の言った言葉が理解できなくて、三橋はその日よく眠れなかった。)
終
フツーに原作でやれそうな範囲を狙ってみたんですけども。だめかしらー?
07,9,9
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