トレーニングを積むより大事なこと
「そんなの、沢山あるだろ」
尋ねてみたら思ったとおりの答えが返ってきたので、久太は、だよね、と返した。それから、「そんなのないだろ」と言われても、それはそれで閃らしいや、と思いなおす。
キックボクシング王者に向け毎日練習に余念がない閃の数少ない休息。それが夕食後の短い休憩時間だ。食べたばかりはさすがの閃も動かないから、話したり、じゃれたりしてもらえる。
いっしょにいたい。こっちを向いて欲しい。だから、もっと休んでもいいんじゃない?と思うこともあるけれど、閃がキラキラしているのはやっぱりキックボクシングをしているときだと思うし、わがままかなと思うと少し悲しい。
「どうした?急に」
心配そうに顔をのぞきこまれて、久太はなんでもないよと笑った。
「じゃあ、閃の大事なことって、なに?」
「んー…みんなといっしょにいること?か?」
逆に問われて久太は目をまるくする。
なんとなく、飛嶋閃の人柄から考えて即答されると思ったのだ。
「みんなと?」
「おう。俺、母さんとばあちゃんと、三人暮らしでさ。大勢ってのは、やっぱいいもんだよなー」
どこか遠くへ視線をやり、閃は心底からの屈託のない笑顔を見せる。
なんとなく納得がいかないので、そろそろ練習の時間かと壁の時計に向かいかけた視線を声をかけて止める。
「キックボクシングで、ってだけなら?」
それなら大事なのはトレーニングだけ?
問うと、閃は一瞬不思議そうな顔をしてから、首を振った。
「ちげーな」
「え、じゃあ、なに?」
「なんだと思う?」
「わかんないから聞いてるんじゃん!」
閃のケチ!
頬を膨らませて怒っていることを主張すると、閃は豪快に笑って久太の頭をがしがし撫でた。
それに対して更に文句を垂れようとした久太に、今度は真剣な眼差しで。
「自分で考えろ。お前なら、いつか絶対わかるから」
トレーニング行くぞ!
とっても楽しそうに、自分より子供じみて見えるその背中をしばし見つめて。
(なんだ、やっぱりトレーニングじゃん!)
久太は頭に手を当てた。なんとはなしに熱いそこが、どくどくと、心臓に響いてくるのがわかった。
08/03/21