太陽に殺される




「あ、雅さん」
 鳴はいつもの子どものような高い声で名を呼んだ。ちょっと上擦っていたのは興奮の証拠だろう。
 子どもが周りに自分の成果をとかく見せびらかしたがるというならば、今の鳴は確かにそうだった。
 暗闇の中、二人がいるそこだけがぽっかりと白く浮いて見えた。
「ねえ見て、雅さん。コレ」
 鳴は楽しげな声を隠そうともせずに下を指差した。
 まるで物のように言われ指差されたのは鳴の下に組み敷かれている少年だった。
 間違えようも忘れようもない。青道の、沢村。
 普段うるさいあの子は今や鳴の下でぐったりと気を失っているようで、傍目から見ると死んでいるようにも見えた。しかし鳴がしたのはそういう類の暴力ではない。
 鼻孔をやけに刺激する独特の臭い。下半身には何も纏わず、上もようやくユニフォームがひっかかっている程度。薄い胸板や首筋、身体中場所を問わずに付けられた赤い痕。飛び散った、白い液体。
 雅は眉間に皺を寄せた。もしかしたら、という思いはあった。けれど。
 そんな雅を気にせずに鳴は気を失った沢村をじろじろ、それこそ物珍しげに見つめた。きっと鳴にとっては雅が此処にいることは既にどうでもいいことに成り果てたのだと雅は思った。
 興味を持ったものについての執着が人一倍のくせに、興味がなくなるとすぐに放り出す。それが鳴であり、けれども彼はそれ故に絶大な魅力を秘めていた。男にしろ女にしろ鳴の野球をしている姿を見て惚れこまない者はそうはいない。その何かを切り捨てたような潔すぎるプレー。大胆な戦略。いつでも崩さぬ余裕と自信に満ち溢れた笑顔。無論、恋愛という意味合いではないのだが、それにしても。
 そういう人間が余計に鳴を増長させたのかもしれない。ただ、基本的な土台として成宮鳴は昔からこうであった。何にでも興味を示す、無邪気な子どものような野球選手。少なくとも敵にはしたくない。敵にし、油断したのが今の沢村のような様だ。
 青道の人間に知られたら大変なことになるだろう。にもかかわらず鳴は笑い飛ばすのだろう。お前達の大事なものはオイラが貰ったよ、と。人ではなく、モノのような単純さで。
「えーじゅん…」
 鳴は愛しそうに気絶した沢村の頬を撫でた。きっと今は欲しいものが手に入って幸せの絶頂なのだろう。
 そしてそれもいつか飽きて、次のものに関心が移る。沢村は散々傷つけられた挙句に放り出されるのだ。
 ただ――もし鳴が幾許かの恋愛感情でもって沢村を抱いたなら、それは沢村にとって良かったと言えるのだろうか。
 雅にはわからない。彼が出来るのはただこのどうしようもなく我儘な投手をマウンドの上でエースにするということだけ。
 雅は重々しく息を吐いた。呼吸をすること自体がひどく久しぶりに感じられた。
「鳴。後片付けを――」
「ねえ雅さん。こいつさ」
 雅は強く割り込んだ言葉に息を飲んだ。野球以外のことには力半分で臨む鳴にしては珍しく、強い語調だった。少なくとも既に手に入れてご満悦なだけの感情ではないらしい。
 鳴はふに、と沢村の頬をつまんだ。柔らかな頬が歪んで、沢村の目にぎゅっと力が込められた。
 起きる、と雅が思って無意識に身構えると鳴はまたカラカラと嗤う。
「えーじゅんってさ、本当にバカなんだよ。抵抗するのは可愛いからまあいいとして、セックスを嫌がるのもわかるとして。一番、キスするとき泣くんだ。バカだよね!」
 ぞくりと背筋を這いあがる何かの存在に気づき、雅は身震いした。鳴がそのまま沢村の頬を引き千切ってしまう、そんな場面が想像出来て頭を振り払いたかった。
 鳴はそんなことを考えている雅を気にも留めず――実際それはほとんど独り言だった――話を続ける。
「キスはちゃんと好きな人としなくちゃだめだ、とか言ってさ。ライバルにそんなことされたくない、とか言っちゃって。悔しかったのかな?『痛い』とか全然言わないんだよね。ムカつくから『気持ちいい』は言わせたけど!」
「えーじゅん、初めてっぽかったけどすごーく良かったよ。泣き叫ぶ姿とか、もう堪らなく可愛かったし、ちゃんと三回までは無理矢理起こしてヤったから、結構満足。締め付けてくるのもすごかったしね」
「中にも外にも出して、ぐっちゃぐちゃにしてやったんだ。もう他の人間が触れないように。触っても、えーじゅんが泣いちゃえばいいと思って」
 頬をつまんでいた指が離れ、沢村は涙の痕が残る顔を歪めていた。もしかしたら起きているのかもしれないと雅は思ったが、鳴からしてみればそれならそれでもいいのかもしれない。そんなことに抵触しようものなら、じゃあ他人が見ている前でしてあげようか、といつもとさして変わらぬ笑みが待っている気がした。
 鳴は沢村――栄純の頬に、額に、キスをした。さっき鳴が言った通りのことを栄純が懇願したのだとしたら、それは一番の辱めに当たるのだろう。それをして鳴はいかにも嬉しそうで楽しそうだ。
 雅は久しぶりに吐き気がした。この子どもはいつまでこのままでいるつもりなのだろうか。
 キスを終えて栄純を至近距離で見た鳴の表情は恍惚としていて、それだけ見れば本当に恋をしているような顔だった。
「えーじゅん、大好きだよ」
 くすぐったそうに微笑んで鳴は唇にキスを贈る。
 瞬間その瞳を流れ落ちた涙に雅は目を見張った。
 鳴が泣いている。どうして?
 まさか、という思いが駆け抜けた。
 ――沢村、おまえ。
 許したのか。
 もしかしたら鳴はこの子を放せなくなるかもしれない。沢村栄純にずっとずっとこのまま執着して誰にも触れさせないようにするかもしれない。青道から力づくで奪うかもしれない。
 それは恐らく、栄純が鳴を、本気で受けとめてしまったことの証。
 深い深い口づけは終わらない。
 栄純が一番嫌がったというそれは、もしかしたら、鳴が一番望んだことなのかもしれなかった。







08/10/05