荒れ狂う予感




「春っちー、ご飯いっしょに食べよーぜっ!」
「あ、栄純くん…」
 ぱたぱた駆けてきた栄純に笑顔で言われて、春市はちょっと硬いかと自分で思うようなぎこちない笑顔を返した。
 幸か不幸か栄純はそんな細かいことに気付かないから(ときどき妙に敏感なくせに)春市の前の席に勝手に座ってどんどん弁当を広げ始める。
「まったく、前の授業さー、せんせーが俺にばっか当てるんだぜ?そりゃいつもより起きてるから当てやすいんだろうなって思ったけどさ!」
「う、うん…」
「あ、でもさ!この間春っちに教えてもらったとこはわかったんだ!ありがとな!」
 にっこり笑顔で言われて、いつもなら思わずこちらも笑みがこぼれてしまうところだが、今日はさすがにそれもままならない。
(ていうか、ホント、やめて…!)
 春市は先程からずっと視線を感じていた。それは一人や二人ではない。
 それもそのはず、レギュラーを中心に野球部のほぼ全員が栄純と春市の様子を教室の内外からうかがっているのだから。
 きっかけは単純で、栄純が春市のことをあだ名で呼んだという、ただそれだけのことなのだ。しかし春市自身それを喜んでいたように、栄純に名前呼びされるというのは特別なことである。ときどき先輩の名前すら忘れる栄純に下の名前で呼んでもらえるなんて、うらやましい…!嫉妬なら別に構わないが、行動に移されると厄介であった。
(ああもう、ずっと監視されてるみたいでやだな…!)
「やっぱり持つべきものは友達だよなー、うん!」
 もぎゅもぎゅとご飯を頬張りながら話を続ける栄純から、そっと視線を外して辺りをうかがう。
 教室の外には三年・二年レギュラーの姿。目が合うと睨まれること間違いなしなのであまり見ないようにしなければならない。特に兄・亮介と目を合わせた日には卒倒するかもしれない。実の兄ながら本当に恐ろしい存在である。
(御幸先輩も倉持先輩も、そんなにドア掴んだらいつか壊れますよ…)
 今度は教室の中をざっと見る。一番鋭い視線を送ってくるのは三つほど席の離れた降谷で、何かオーラが出ているのを隠そうともしない。そんなにいっしょに昼食を食べるのがうらやましいならこっちくればいいのに面倒だなツンデレは!と春市はため息をついた。
 栄純は基本的に人気者だから、彼以外のクラスメイトも最近は何かしらこちらをちらちら見てくる。
 ここ数日で春市の心労はピークに達していた。そもそも恥ずかしがりやなところがある彼は注目されるのが嫌ではないが苦手だし、それもこんな風に睨みつけられていては楽しい学校生活が送れるはずもない。
 まだ部活に支障をきたしていないのが、せめてもの救いだろうか。
「…春っち?」
 はっとすると、栄純の顔がすぐ目の前にきていた。慌てて仰け反ると、栄純がしょぼんと落ち込んだような顔になって箸を弁当箱の上に乗せる。
「ごめ…俺の話、ヤだったか…?」
「へえっ?いやいや、そんなことないよ!?む、むしろ俺がごめん…!」
 周りに気を取られて肝心の一番大切なものの存在を忘れるとは。春市は唇を噛む。
(そっか…そうだよね。別に周りは周りだし、気にしなければいいだけで。俺は栄純くんが、す、好きなんだし!)
 春市は顔を赤くしながら、栄純を安心させるように微笑んだ。
「俺、栄純くんの話好きだよ」
 すると栄純は同じように顔を赤くした。そばでの付き合いの長い春市には、好意をはっきり見せられて嬉しいだけなのだとすぐに知れたが、他の面々はひくりと顔の筋肉を引き攣らせた。沢村可愛いなオイ、と思いつつもイラッときたわけである。
 栄純は頭をかきながら恥ずかしそうに笑った。そんな笑い方を滅多にしないので、野球部を筆頭に周りの面々は顔を赤くさせたり崩れ落ちたりしたのだが。


「俺も!俺も、春っち大好きだぜ!」


 栄純はあろうことか、立ち上がって机の向こう側からぎゅーっと春市に抱きついた。
「!??」
 春市は真っ赤になって固まり、瞬間ブリザードのように吹き荒れた視線の嵐に顔を引き攣らせるしかなかった。







08/03/21