負けるなよ




 ツナは驚いて振り向いた。夜、それもこんな状況だから誰もいないと思っていたし、誰かいたとしても声をかけてくる精神状態にないと思ったし……なんていうのはほぼ言い訳で、正直言うと誰が背後にいるかはわかっていた。だから 余計に驚いた。彼女が声をかけてくるなんて意外だったから。
 彼女は壁に寄り掛かってツナを一瞥し、一瞥し、一瞥し続けた。要は見続けたのだが、その一瞬一瞬がツナにとっては痛かったので、動作が繰り返されたように感じたのだった。
「な、に…?ラル」
「今言った」
 恐る恐る尋ねると素気なく返される。
 ツナはというとあまりに驚いたのでさっき何を言われたか頭からすっ飛んでいた。けれど目の前の彼女にそれを聞くほどの勇気がないツナはちょっと冷や汗なんかかきつつ視線を逸らす。
「いや、あの、ええと…」
「……」
 聞いていませんでしたなんて言ったら、たるんでいると呆れられるに決まっている。ツナは殴られるのも蹴られるのも家庭教師の影響で慣れているが、呆れられるのは何度経験しても嫌だ。
 そんなツナを見据え、ラルは壁から身を引き剥がすように離すとツナの横を通り過ぎ歩いていった。
 通り過ぎ際に、
「なんでも、ない」
 短くか細い声が地下基地に響いた。
「……」
(なんでもないはず、ないよ)
 同情も、励ましも、すべてすべて自分がすることが間違っているように感じられる。きっとそれは、本当はそんなこと自分ですら望んでいないと、知っているからだ。
 ツナはラルの後ろ姿に向かって、口を開いた。
「ありがとう。ラル」
「……、」
 早く、寝ろ。
 今日最後に聞いた彼女の声は、何故だかとても、穏やかに響いた。







08/03/21