Nostro appuntamento





 『無理。』
 提案に対しての第一声がこれだ。淡白なスパナも、さすがに眉根を寄せる。
 とは言っても、相手に自分の顔は見えていないのだが。
 電話越しにはああというため息。
「結構いい提案かと」
『や、だって、物理的に無理だろ…?』
 ソプラノとアルトの中間の、高い中に落ち着きのある声音が響いた。それが否定の色彩を含まなければ、如何に美しい声だろうか。
 ボンゴレの短所は勿体無いところだ。唐突に言ってみると、綱吉はスパナが機嫌を損ねたと思ったらしい。
『だから、少なからず敵対してるマフィアのエンジニアとデートなんて無理だって言ってるだろ!互いのファミリーに示しがつかないし…命の危険だってあるんだぞ!』
 仮にもマフィアのボスが仮にも敵対マフィアのエンジニアの命の心配をしている辺り、それはそれでいいのだろうか。スパナは思ったが口には出さない。綱吉らしい、で片付けられてしまうから、そんなことに意味はない。
 だからぷうと頬を膨らませ、椅子を揺らしギコギコ鳴らした。子どもっぽい動作も勿論綱吉には見えない。
「でも、会いたい」
『……だから、ムリ!』
 ちょっと迷ったなと思った。綱吉はいい加減甘く優しいから、引き下がって引き下がってすればいつかは折れる。彼の長所であり短所であるその性格にはあまり漬け込みたくはないが、今回ばかりは仕方ない。存分に漬け込もう。
 しかし綱吉は唸った。だって、という言葉の後には意外な台詞が続いた。
『暇なの今日なんだろ』
「ああ」
『俺今日本。でお前は…ボローニャだっけ?』
「え――あぁ」
『物理的に無理なんだよ…あーあ』
 そのつまらなそうな声の響きから、綱吉も少なからずスパナに会いたいと思っているのが知れた。途端に胸がきゅうっと締め付けられたように痛み、身体が震えた。
 ――ウチ、死亡フラグ…?
 馬鹿なことを考える。綱吉に会うまではこんな気持ちになったりしなかった。最近は逐一「あっ死ぬっ」と思うことがよくある。心臓や頭が痛いのはそれはそれは重症に違いない。
 理系の頭を必死に巡らす。まだ電話を切らなくてもいい理由が何か――何かあるはずだった。
 綱吉は黙りこくったスパナを不審に思ったらしく、スパナ?と呼び掛けてきた。心配の矛先が自分に向けられてちょっと嬉しいなんて、いやはやゲンキンだ。
「ボンゴレ」
『ん?』
「会いたい、な」
 電話越しに驚いたような息遣いのあと、柔らかな苦笑の気配。素直な言葉につい頬も緩んだのだろう。
 椅子の上まるくなるスパナに、それが見えているみたいに仕方無いなあと笑って。
『スパナ、今研究室?』
「え?あぁ」
 スパナにあてがわれた広い研究室兼倉庫のような場所をスパナは見渡す。モスカの部品やら書類やら配線やら様々なもので溢れかえってはいるが、スパナには何がどこにあるかわかっていて、機能的だ。
『じゃあ、そこら辺歩いて』
「歩く?」
『そう。部屋の中だけでいいから』
 子どもをあやすような声がじんと耳をあたためた。
 意図はわからないものの面白そうであることに違いないので、スパナは立ち上がる。
 ただの長方形の箱の中を、だが色々なものを避けながら歩いてみる。
「歩いてる」
『んーと…今何が見える?』
「モスカの頭」
『頭だけ!?』
「修理中の奴だ。あとは腕と、足もある。胴体は無い」
『へー』
 綱吉は相槌を打った。モスカがバラバラで置いてある図はかなりシュールだろうと思う。
『俺はね、海が見えるよ』
「海?海にいるのか」
『うん。別に浜に立ってるだけなんだけど、ちょっと寒い』
「日本の、海?」
『そうだよ。ちょっと会合抜けて、散歩中』
 ボンゴレ十代目がそれでいいのかは知らなかったし聞かない。彼の優秀な部下達が上手く立ち回っているのだろう。
 日本の海はどんな風だろうかと思ってスパナは目を閉じた。
『鴎がいる。一、二…五かな、いや、六かも。水平線を上へ下へ滑空してる。寒いのにな。空が薄青くて、海はそれに紺色を混ぜたみたい。白い波が立って、すごく静かなんだ。そっちは?』
「正一から読めって言われて読んでない書類があった。隅のデスクの上。山のようというか、むしろ山?あとは…あ、アメ落ちてた。それで、ボンゴレ一人?」
『いつものスパナ型のやつかー。俺は一人…って言ってもどこかで誰かが見てるんだろうけどね。うん、まあ、概ね一人』
「なるほど。それならウチも同じ」
 スパナの視線が部屋の上隅に向けられる。軽く手を振ってやった。監視カメラの向こうにいるのは正一かチェルベッロか知れないが、まあいい。
 不思議な感覚だった。二人はそれぞれ日本とイタリアにいて、互いが見ているものを見ていた。これはれっきとしたデートだとスパナは思った。
「ボンゴレ…じゃない、沢田綱吉」
『何?』
「いつかジャッポーネ、行ってみたい」
『そうだねえ』
 何がそうだねなのかいまいち判然としない綱吉の応えを聞いて、スパナはうん、とすべてに対して頷いた。












69000hit記念に瑞希様に捧げさせて頂きます。リクは「スパツナでデート」でした。
十年後指定が無かったのですが捏造すみません…!それも実質的にはデートしていない、という…。
スパナはミルフィオーレにいる設定でも別の機関にいて正ちゃんたちと接点がある設定でも何でもいい感じで書きました。
あんまり会えないからこういうデートもいいかな、と思って頂ければ幸いです。

瑞希様、宜しければどうぞお持ち帰りください。69000hit、ありがとうございましたー!!!







08/11/26