…気絶されるとは思ってもみなかった。





Happyはろうぃーん☆









10月31日。そう、今日はハロウィンである。
とは言っても日本では街中をカボチャやお菓子を持ってうろつくような風習はなく、店先にハロウィン限定と銘打った商品が並ぶ程度…と、普通はそうなのだが、ここ並盛商店街ではハロウィンに便乗した企画を色々建て、商店街活性化に力を入れていた。
その企画のひとつが、いわゆる仮装パレード。パレードといってもきちんと行進するわけではなく、並盛住民は外出時にハロウィンにちなんだ格好をする、というものである。ツナの家でも朝から奈々ママンがランボ、イーピン、リボーン、そして勿論ツナに喜々としてハロウィンの衣装を着せていた。何で休日の朝からこんなことを…と思って、ツナは気づいた。


――獄寺くん、このこと知らないよな…?


そういうわけで、可愛らしい魔法使いにされてしまったツナは獄寺の家に向かったのだった。外に出る時多少怖じけづいたものの、いざ出てみると近隣の家々はすっかりハロウィン仕様の飾り付けがされており、道ゆく人は皆狼男だったり魔女だったりしたわけで、商店街に着く頃には普段と違う浮足立った雰囲気に、ツナもすっかり魔法使い気分になっていた。
…で、獄寺宅に到着したわけだが。





ピンポーン

「獄寺くーん。俺。綱吉だよ」

『じゅ、十代目!?すっ、すぐ参ります!』

ガチャ

「おはよ〜♪トリックオアトリー…」

「うわあああ!?」

バターン

「ちょ…獄寺くん!?」





…とまあ、こんな感じである。


――まさかこんなことになるなんてなあ。


ツナはため息をつきつつ、玄関で仰向けになってのびている獄寺を見下ろす。休日なので当たり前だがいつもと違うラフな格好だった。Tシャツにジーパン、珍しく装飾類を付けていない飾り気のない姿だったが、その容貌とスタイルのせいか十分見映えがした。


――こーゆーの着こなしちゃうんだもんなあ。カッコいいと思うよ?…黙ってれば。


ツナはとりあえず獄寺宅に入ってドアを閉めた。勝手にあがるのは気がひけたので、玄関で座って獄寺の回復を試みる。


「獄寺くん、起きて」


耳元に呼びかけて肩を揺さぶると、かすかに形のよい眉が動いたようだった。


「獄寺くん?」
「う……は…い、十代…目…」


獄寺はうっすらと目を開けた。まだ寝ぼけた状態なのか、ふらふらしながら上体を起こす。その様子を見てツナはほっと胸をなでおろした。


「よかった〜もう…」


獄寺がしっかりとツナの顔を見つめた。相当な至近距離だった。


「…!!」


真っ青な顔になった獄寺は、その場でまた昏倒し。


「わ…ちょっと!?」


ゴン。
今度はしっかりフローリングの床に頭を強打した。


「……」


ツナはため息にならないように小さく息を吐くと、おじゃましまーすと誰にともなく声をかけて靴を脱ぎ、獄寺宅にあがった。そして完全にのびている獄寺を家の奥へ連れていくために、彼の片腕を自分の肩にかけ肩をかすような感じで引っ張っていこうとした。が、力のなさと体格差によりあえなく失敗。気絶した獄寺の身体は思ったよりずっと重く、上半身を起こすので精一杯だった。
仕方なく、ごめんねとつぶやいて、ツナは獄寺の両脇に腕を入れてはがいじめにするような格好で引きずって、リビングまで連れていった。
幸いなことにリビングにはカーペットが敷いてあったため、ソファやベッドに寝かせる心配はなかった。隣りの部屋からタオルケットを探し出し、獄寺にかけてやる。それからリビングと一続きになっているダイニングルームで氷やら水やらを用意して、床で打った頭の腫れを冷やした。


「ふー…」


ツナは獄寺の隣りにぺたんと座りこんだ。
遠くの方で小鳥のさえずりが聞こえる。
ツナは窓の外をぼんやり見つめる。
どこからか車の発進音がして、加速音がして――耳の奥に小さな雑音を残して消えてゆく。
なんだかな。そうツナは思った。
せっかくの休日なのに。そうも思った。
そして隣りで口を少し開いて眠っている自分と同い年とは思えない少年を見やって、苦笑した。


――まあ、獄寺くんだからな。しょうがないか。


何度。何度この言葉を彼に対して使ったことか。
初めて会った時からメチャクチャだった。ボスと部下という関係になってからも何度彼のせいで危ない目に――たいへんな目にあったことだろう。
でも、最近は少しだが、獄寺のことがわかるようになってきた気がする。ほんとに少しだけど。
ぼんやり獄寺を見つめていたら、ツナは頭に被った赤の絵の具がカーペットに薄い染みを作っていることに気づいた。魔法使いの格好はだいぶ似合っていたのだがいかんせんそのままではただのコスプレにしか見えないとのリボーンの意見で、頭から血を流したようなメイクをしたのである。


「いっけない…」


すぐに立ち上がり、洗面所で顔を洗う。水性絵の具はきれいに落ちた。タオルを濡らしてリビングに戻り、カーペットを拭く。跡が残らないか心配だったが、薄赤い痕跡はあっけなくとれてくれた。


「うぐ…十代目ぇ…!」
「獄寺くんっ?大丈夫?」


突然獄寺がうなされたような苦しそうな声をあげる。ツナはタオルを放り出し獄寺の顔を覗きこんだ。
獄寺は顔を歪めたままゆっくり目を開く。


「だ…いじょうぶ?獄寺く…」
「十代目ええぇ!」


獄寺は目を開けるやいなや飛び起きてツナを抱きしめた。


「わ…!?」


突然のことにツナは固まる。


「十代目…」


獄寺は抱きしめる腕に力を込めて、唇を噛み締めながら言葉を漏らす。声は震え、今にも泣き出しそうだ。


「すみません、俺がふがいないばかりに…!」
「え?え?」
「こんな…こんな大怪我を!」
「…………は?」


獄寺は改めてツナの顔を見た。そして、目をぱちくりさせる。


「あ…あれ?十代目、あの、お怪我は…」
「ケガ…?あ…も…もしかして!」


ようやくツナにもわかった。わかって、だいぶ脱力した。
何故獄寺が気絶したかといえば、ツナの頭から流れ出る血を見たためだったのだ。…そのメイクだが、そんな精巧なこと出来るはずもなく、絵の具を頭からぶっかけただけの代物で、まだケチャップの方がマシじゃね?とツナが思ったほど。
今日日小学生でも騙されないような子供騙しだった。
で、獄寺はしっかりこの子供騙しにひっかかったわけである。
ツナは大きくため息をついた。そして、獄寺に全てを、誤解のないように注意しながら説明してやる。


「そ…そうだったんですか…」
「うん…でもまさか気絶されるとは思わなかったよ」


苦笑すると、獄寺はがくんと肩を落としてうなだれた。


「すみません。右腕としてなんて恥ずかしいことを…!」
「あー、いいよいいよ」
「ですが…」
「獄寺くんだし。気にしてないよ」


ツナがぱたぱたと手を振ると、獄寺は顔をあげて嬉しそうな泣き出しそうな顔をして、ガッ!と頭を下げた。


「こんなことが二度とないように、獄寺隼人、精進します!申し訳ありませんでした!」
「はは……あ、そうだ」


ツナは根本的なことを思い出した。


「獄寺くん獄寺くん」
「はい?」
「トリック・オア・トリート!」
「……え?」


ツナの言葉に獄寺がきょとんと目を丸くする。それに対しツナもきょとんとする。


「あれ…獄寺くん知らない?この言葉」
「あ…はい。イタリアにもハロウィンありますけど…ウチの城ではパーティ開いたりしてなかったんで」
「そっか〜」
「どういう意味なんですか?」
「あのね」


ツナは人指し指を立てるとにっこり笑った。


「お菓子くれなきゃイタズラするぞ〜!って意味」
「へえー…」


獄寺が心底感心したように声を漏らす。


「オバケのカッコで街中歩いて言うんだ。…って言っても、俺も今回が初めてだけど」
「すみません。俺、菓子用意してなくて…」
「いいよいいよ!言ってみたかっただけだし」
「いえ」


獄寺は真摯な瞳でツナの目を見つめる。


「だから、イタズラを甘んじて受けることにします」
「え…」


ツナは驚いた。
獄寺は冗談を言っている風ではない。かと言って、自分に何か期待しているわけでもない。


――じゃあ、なに…?


わからなかったが。でもイタズラ、思いついてしまった。思いつくと、試さずにはいられない。


「…じゃあ。イタズラするよ?」
「はい」
「…俺」


至極真面目な顔で、獄寺の顔をしっかり見つめて、言う。


「獄寺くんのこと、好き」


言って、


「…!?」


頬に小さくキス。
途端、獄寺の顔が真っ赤になり、身体が傾いてまた気絶しそうになる。


「大丈夫?」
「あ…はい…」


――いまのは、なんだ?


獄寺の頭の中は大混乱。驚きと嬉しさと…とにかくいろんなもので。
ツナは何事もなかったかのように立ち上がり、玄関へ向かってしまった。


「あ…じゅ、十代目…っ!」


慌てて獄寺も後を追う。ツナは玄関で靴を履き、とんとん、とつま先で地を叩いて慣らしている。
何と言っていいかわからない獄寺は頭をかきつつ目をあさっての方向にやりつつ言葉を探す。
そんな獄寺にツナは目もくれず、玄関のドアを開けた。


「あ…」


ツナの右足が中と外の境を越える寸前に、ツナは左足を軸にくるりと振り返って、とっても可愛いらしい笑みを浮かべた。


「イタズラありがとう。人間さん」


そのまま外界の光の中へ吸い込まれてゆく。


「………」


獄寺はしばらくそのまま立ち尽くしていたが、ふっ、と苦笑を浮かべて頭をかいた。下駄箱から靴を出して履いて、不用心なことに鍵もかけずに外へ飛び出す。








重心を前へ前へ移動させ、一歩一歩着実に風を切る。





まるで魔法にかかったみたいだ。








――いや。








獄寺の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。






瞼の裏に焼き付く最愛のひとの笑顔。











「魔法に、かかっちまったんだ――」








一途な少年は風を切って、十月の秋晴れの下、悪戯魔法使いを探して走る。








甘いお菓子の、お礼を言いに。






おわり




ハロウィン記念獄ツナでしたー。

これはもともと友達の誕生日プレゼントとして書いたものでして、ちょうど一年前に押し付けさせて頂きました。
なんか書き方とかが今とかなり違うような…。まあ直そうかとも思ったのですがこれはこれでいいかとそのままup。
蔵さんが「雲雀さんもコスプレしてるんだろうね!」とかナイスなコメントをくださった覚えがあります(笑)。


ところでイタリアのハロウィンは日本と同じように輸入ものだそうです。このお祭り自体は確かヨーロッパ圏発祥だったと思いますが、現在の仮装して町を歩くスタイルはアメリカで生まれたものです。
獄寺くんはいいとこのぼっちゃんなのでこういうことをよく知らないかな、と勝手に思ってこんな仕様になりました。


ではでは、トリック・オア・トリート☆読んで下さってありがとうございましたー!!



07,10,31(聖人の日の前夜に)

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