雨の中を走りぬけ








「あれー」



外は灰色の景色が広がっていた。確かに教室を出るときもこんな色だったけれど、ここまで視界は悪くなかったはずだったのに。
ツナはふう、と、ため息になり損ねた息を吐いた。ため息にしては軽すぎたのだ。
そもそも自分はこういうことだらけなので、もうあきらめグセが付いてしまったらしい。あまり悔しがったりしないのである。そういえば傘を持っていった方がいいって母さんが言ってたっけ、と頭の片隅で思って、やっぱりそれも後の祭りなのでどうしようもないこと、と思いなおす。
自分のそういうところ、もう染みついた癖なのでどうしようもないけれど、もうちょっとどうにかなればなーとは思う。
下校時間からはまだ早い。それも当たり前、ツナは帰宅部だからだ。ラッシュは部活終了時間なので昇降口にも人影はまばらである。周りを見渡して、それでもどうにかなる話ではない。傘を借りようにも知り合いは通らなかった。京子あたりなら折りたたみ傘をを置き傘にしているだろうから借りれたはずだが、さすがにそれは気が引ける。
と、後ろから肩を叩かれた。



「よ、ツナ」
「山本!」



振り向くとそこには山本の姿。不思議なことにいつものユニフォームに着替えてはいなくて、制服のままだった。雨が降っているから当たり前のようだけれど、それでも室内で筋トレや走り込みをする野球部員の姿はしばしば目にする。そうでなくても山本は練習熱心だから、自主トレをしていたりする。
頭ひとつ背の高い親友を見上げ、ツナは不思議そうに口を開いた。



「今日、練習じゃないの?」
「ん、雨でグラウンド使えねーからさ」
「中練は?いつも廊下とかでやってるやつ」



山本は照れくさそうに頭を掻いた。はにかんだ笑顔の相変わらずまぶしいこと、とツナは思った。



「謹慎処分ってのかな。この前中練中に窓割っちまったやつがいてさ」
「え、マジ?」



彼のことだからその部員に対してもきっととてもうまいフォローを入れたことだろう。天然過ぎると言われることもあるが、そんなところも良いところだと思う。それにいかに助けられていることか。



「そっかー………うん、ありがとね」
「えー、なんでツナがお礼?」
「なんとなく、かなあ」



言って笑うと、彼も?マークを飛ばしつつにっこり笑い返してくれた。
山本は雨の降る空を覗き込むように見上げ、結構降ってんのなーという感想を持ってから、ツナを頭のてっぺんから足先までじーっと見つめた。



「ツナ、傘は?」
「あー、忘れちゃって」



きまり悪そうに告げるツナに、山本はもう一度空を見る。雨はどんどん強くなってゆく。



「職員室でカサ借りれるはずだからさ。俺とってきてやるよ」



小柄なツナがびしょぬれになってしまったらいかにも可哀想だ。風邪をひいてしまうかもしれない。それと同時に、不謹慎な話だが、風邪で寝込まれてはツナの笑顔が見られなくなってしまうので、個人的に困るのである。
しかし、



「あ…いいや」



踵を返そうとした山本の足をツナの声が止めた。段々激しさを増す雨音にその小さな声はかき消されてしまいそうで、でもしっかり山本に届いた。
振り向いた山本にツナは、はは、と力なく笑う。いつものあきらめのまじった笑み。



「傘忘れたのは俺が悪いし…山本にそこまでしてもらわなくても、大丈夫だよ」



そこまでしてもらわなくても。その言葉に当の山本は少しムッとした。これはツナのためだけれど同時にツナを大好きな自分のためでもあって、とても幸せなことなのだ。ツナのために何かできるというのは本当に素敵なことだ。誰もがみんなそれをしたがるのに、ツナは全然気づいてくれないんだもんなあ、と山本は切なくなる。



「俺も傘ないし。丁度いいから、二人分」
「うん…でもさ、その」



ツナは視線を降りしきる雨に注いだ。視界がぼやけるほどの大雨。まったくの偶然なのだがこの瞬間、山本とツナは同じことを考えていた。
雨の守護者――って、関係あるのかな、と。
ツナはくすっと笑って空を見上げた。どこかで跳ねた水滴が頬に飛んで、冷たかった。少し気持ちいい。



「今日は走って帰ろうかな、と」
「走って?」



山本の驚いた声にツナは頷く。



「走って帰ればさ、あんまり濡れないんじゃないかな?」
「……」



珍しいな、と山本は思い、ああでもこれがツナなのかもな、と嬉しくなった。
一見何事にもこだわりがなくて、あきらめてばかりのようにも見えるけれど。でも本当は、いつだって前を見据えている、ということ。



――やっぱり、ツナはすげえよ。



「じゃあ、走るか!」
「えっ!?山本は傘借りなよ!風邪引くって!」



山本は朗らかに笑う。他人のことになるとこうやってこだわるのだから、本当に面白い子だ。
そして悪びれるでもなくカバンから折りたたみ傘を取り出す。



「ごめん、ウソついた」
「へー…って、えぇ!?」



あまりに爽やかに言われ、ツナは責めようがない。というかそれも自分のためについた嘘だったわけで、むしろお礼でもするところかもしれない。



「や、山本…!」



ツッコミを入れようがなく困ったように眉尻を下げたツナの頭をぽんぽん叩き、山本は折りたたみ傘をカバンに戻す。ツナは目をまるくした。



「でも今日はツナと走って帰りたい気分だから、やめとくわ」
「はあ―――っ!?」



目を白黒させて叫ぶツナを後目に山本は雨の様子を見る。ほんの少しだが治まってきたようにも感じる。それは小さな感覚的なもので、もしかしたら雨の守護者だからわかるのかもしれない。



「うん、行けそう」
「いや、山本、ちょっと…!」
「濡れねーんじゃないかな、走れば」



何の根拠もない言葉と共に、す、と右手が差し出される。ツナは言葉を詰まらせて、楽しそうでいて真剣な山本の瞳を見つめて、観念した。
はーっと息を吐いて、まったくもうしょうがないなあ、といつもの笑みを浮かべた。
彼の右手に左手を置いたら、優しく包み込まれた。ちょっと恥ずかしいけれど、山本ならまあアリか、と思ってしまう。



「じゃあ、よーい、ドン、で、行こうよ」
「ん、オーケー」
「ええと……よーい、ドン!」



二人は勢いよく飛び出した。雨は容赦なく二人の頬に、髪に目に耳に口に降りつけ、周りから雨音以外の一切の音がかき消された。
雨の溜まったアスファルトをバシャバシャ蹴って二人は駆ける。制服越しにじわりと思いのほか直接的に水の存在が感じられ、カバンがバタバタうるさい。校門を右へ曲がった。
話そうとしても口を開ければ雨が飛び込んだ。何コレ山本みたい!とツナは思っておかしくなる。



「あははっ!」
「へへっ、なんか楽しーな!」



雨音に負けないように笑い合って、くっつき合った。視界不良だからこうでもしないと互いがよく見えない。
いつもの帰り道を駆け抜ける。同じなのに違う景色が新鮮だ。商店街を抜けると雨足が弱まり、そろそろツナの体力が限界に達したところで、あんなに降っていた雨が消えた。
辺りは土手で、緑が光り輝いていた。



「……」
「おー」



灰色の景色が続いたせいか、突然現れたような真っ青な空は、ツナには正直目に痛いほどだった。
山本を横目で見上げる。繋いだ手は熱く恥ずかしく、本当は離してほしかったが、これもまた「仕方ないこと」なのだ。そのままにしておこう。そう思ってツナは笑った。



「濡れた、ね」
「そうだなあ」
「よかったの?風邪引くよ?」



山本はツナの視線に気づいてウィンクした。うわ、これ落ちない女の子いないんだろうなあ、とツナは妙に感心する。遠まわしに、本当はどきんと心臓が飛び跳ねたのを誤魔化して。



「いいんだよ。楽しかったし!」



ツナは?問われてツナはきょとんとし、



「俺も!すっげー、楽しかった!」



二人で笑みを交わす。すると山本が、あ、と声を漏らした。



「どうしたの?」
「ツナ…あれ!」



振り返ったツナの瞳に、光り輝く、



「きれい―――!」
「ツナの次くらいになー」
「はあ!?ちょっ…やまもと―――っ!!」









真っ青な空と光る虹の下、びしょぬれで二人で大笑いするのもおかしくて楽しくて、なかなか、悪くない。













えー一万hit記念フリー小説、アンケートで一番多かった山ツナでした。
とにもかくにも、皆様ソラトクラをいつもありがとうございます。何度も言うようですがここまで来れたのは皆様のお陰です。
アンケートや拍手で励ましの言葉を頂いたことはとても励みになりました。カウンターが回る、というのがこんなに嬉しいことなのだということはサイト運営を通して初めて知ったことです。本当にありがとうございました!!!


小説の中身…ですが…なんだか久しぶりに山ツナを書いたせいで、山ツナというより山本+ツナになってしまった感が否めないのが一番の敗因かと思います。
ネタ自体はかなり前から考えていたもので、はじめはもう少し「走れば濡れない」というのをメインにしたちょっと不思議話だったのですが内容をあまり覚えておらず撃沈致しました。わお。
こんな山ツナもありかな?と思って頂ければ幸いです…すみません(土下座)


フリーですのでどうぞお持ち帰り下さい。サイトなどに掲載する時はソラトクラの空月あおいが書いたのよーということさえ追記して下さればそれでOKです。リンクするしないは任意でどうぞ。


読んで下さり、ありがとうございました!



07,10,6

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