贅沢なクリスマス
異常事態だ。風紀委員会副委員長草壁は、廊下を急ぎつつそう思った。
非常ではない、異常である。ただ特別委員会の召集がかかっただけなのだが、風紀委員会に関してはこれは非常ではなく異常な事態であった。
特別委員会というのは、非常時に委員長の独断で召集できる委員会である。かの集団をこよなく嫌う風紀委員長が特別委員会の召集をかけたことは未だかつて一度たりとてない。学校全体での各委員会からの集会には出席するものの、その際も基本的に一人。あまり知られていないことだが、草壁達主要幹部ですら雲雀の前では三人を超える人数での行動を自粛しているくらいだ。
廊下の中央をずんずん進む風紀副委員長の姿に、並盛中生達は教室の壁や窓に張り付くようにして進路を空ける。
草壁は風紀委員の威厳を保つため、常に多少生徒達から畏怖の対象として見られるように注意を払っていた。ただ彼は件の委員長のように群れていれば殺すという考えの持ち主ではなく、また無駄に殺気を周りに散らすほど非常識でもない。
だから生徒達も彼を信用し、廊下を通る時もさりげなく道を空けるのが通例であった。しかし今の彼の剣幕は尋常でなく、張り付く生徒達の表情にはも恐れに困惑が入り混じっていた。
大股で廊下を突き進み、幾つもの角を曲がってたどり着いた先は応接室。今ではすっかり風紀委員長の私室と化したそのドアの前には門番のように佇む風紀委員が二人。草壁の姿を見てとるやいなや、ガッ!と九十度に腰を折って頭を下げる。
「……」
草壁は、ドアの前で息を吐く。
ガラッ
「失礼いたします。風紀委員会副委員長草壁、参りました」
雲雀はいつも通り窓辺にいた。ただ普段と異なるのは、こちらを見ているということ。
『…?』
心中でのみ、草壁は首を傾げる。
雲雀は大抵窓の外を見ている。草壁が来ようと誰が来ようと、群れる標的を探して。さすがに会話時には顔を向けることも無いことは無いが、少なくとも、入室したその瞬間目が合うなど考えられない。
「遅かったね」
雲雀が表情を変えず草壁に言う。
「は…申し訳ありません。連絡が入った際、別棟におりまして」
基本的に会話を長くすることを雲雀は好まない。草壁は常に、端的に要点のみを言うよう心がけている。
雲雀はそれに対して興味があるふうでもなく、へえ、と軽く相槌を打つ。
「まあいいや。呼んで」
「は!」
草壁は無駄のない動きで百八十度方向転換をすると、開いたままの入り口に向かい、入れ、とだけ言った。
途端に、一体何処から現れたのか、学ランにリーゼントの集団がぞろぞろと応接室に入ってくる。その数、ざっと二十名ほど。
彼等は草壁の下に位置する「学年長」と、その更に下の「組長」クラスの者達である。学年長は各学年に一人ずつ配置され学年ごとに統治を行い、組長は各クラスに一人ずつ置かれる。この委員会では実力も年齢も意味をなさず、ただ委員長が気に入るかどうかで役職が決まる。そのため構成は一年から三年までまちまちであった。
応接室には低いテーブルを囲むように革張りの椅子が置いてあるが、彼等はそれに座ることは決してない。草壁のいる、応接室に少し入った位置に線が引かれているように、彼より前に出ることはない。
人数を確かめ、草壁は雲雀に向き直る。
「全員揃いました」
「そう。じゃあはじめようか」
草壁は雲雀の顔を見て、不思議な違和感を感じる。
――かすかな…焦り?
先程自分と目が合ったのも、思わずドアを見つめるほどに緊急の用事だからということなのだろうか。
雲雀は窓辺から離れ、応接室に据えられたデスク上に座る。デスクに置かれていた何枚かの書類を手に取り、
「今回召集をかけたのは、こいつのため」
風に乗せるように、草壁に向かって書類を放つ。
手を伸ばしてそれを受けた草壁は、書類をめくり、目を丸くした。
「……」
絶句する草壁と、状況が把握できず固まっている他の風紀委員達に対し、雲雀は言いきった。
「これからの一週間。2−Aを『護衛』しろ」
「…ふわ」
ツナはあくびをし、慌てて教科書でそれを隠す。
どうやら、教壇でチョークを動かす教師には気付かれなかったらしい。それに少しばかり安堵する。
いくらリボーンのスパルタを受けているとはいえ、未だに勉強の出来はよろしくはない。昔に比べれば随分マシな気もするが、テストを返される度にため息が出る。
ならばやはり授業はきちんと聞くべきなのだが、毎日のリボーンの勉強以外のスパルタや家に出入りする子ども達の相手で、疲れる上に寝るのは遅くなる。ゲームで遅寝よりはいいのかもしれないが、こちらは自分の希望が通らない。
ツナは今度はため息をついた。窓の外に、目を移す。
灰色の空。視界の中でかすかに揺れる、白い雪。通りで寒いわけだ。
まだ雪は小降りだが、降り積もったらまたウチの家庭教師は何か企んで、また何か大変な騒ぎを引き起こすのだろうか。そう思うと、折角授業から逃げるために背けた目なのに、更にキツい現実を思い知らされたような気がして悲しくなった。
あきらめて、よくわからない授業に向き直ろうとしたとき。
「沢田!何よそ見をしている!」
教師の憤りの声。
ただでさえ最近ようやく入ったストーブのせいで皆がうつらうつらしかけているので機嫌のあまりよろしくない男性教諭は、ぼんやり外を眺めていたツナをめざとく見つけていた。
ツナは露骨に嫌そうな顔をする。何が起こるか、すぐわかったからだ。
「前に出てこの問を解きなさい」
――はあ。
気分が落ち込んでいる時は嫌なことが起きるものである。教師が黒板に差し示した数式は、見たことがないわけではないが、さっぱり解き方がわからない、複雑なもの。クラスメイト達の前で恥をかくことは間違いない。
しかしだからといって、獄寺のように椅子にふんぞりかえっていることも、山本のように笑ってわかりませんと返すこともツナには出来ず。
重い腰を、上げた。
その途端。
ガラッ
教室の前と後ろ、二ヶ所にある扉が開き、数名の風紀委員が入ってきた。
「――!?」
皆呆気にとられる。無論、教師も。
この学校の権力は風紀委員に集中している。彼等が来たということは、何か重大な事件が起こっているに違いない。
「先生」
先頭をきってきた者が、中学生とは思えぬ声音で教師につめよる。
教師は顔をひきつらせ、半ばのけぞる。威厳などあったもんじゃない。
「これから暫くの間、2−Aは風紀委員が警護することになった」
「…警護?」
さすがの教師も眉をひそめる。一体何が起きているのかと。
「ど、どうしてまた、警護なんか…」
彼は震える声で尋ねた。彼のこの問いかけ方は並盛中の教師達がよくやるもので、対風紀委員に使われる。即ち、敬語を使わず、しかし決して教師が他の生徒に使うような物言いはしない。明確な表現をなるたけ避けて敬語を使わないのを誤魔化すのである。
問われた風紀委員は暫し黙すると、ちらりと生徒達に目をやってから口を開く。
「詳しいことは知らされていない。あくまで上からの命で、2−Aに害をなす者を排除しろ、とのこと」
「そ、そんな…せめて理由を教えてもらわないと…」
「これは」
ひきさがって言った教師に対し――そして2−A全員に対し、風紀委員は低いながらよく通る声で告げた。
「これは、並盛中学校風紀委員会委員長、雲雀恭弥様からの特令である」
暗闇の中、月明かりに銀が照らされる。
細く小さなそれは、暗闇を裂くように、縫いとめるようになめらかに動き。
ときたま、静止する。
「……」
彼は空を見上げた。薄い雲に隠れたぼんやりとおぼろな月が、溢れそうになりながら揺らめく。
その中をちらほら、ちらほらと舞う、風の花。
白い白い小さな結晶が、彼の手元に落ちてくる。
「……千種」
手に舞い降りた結晶が消えゆくのを眺めながら、彼は声をかけた。
「はい」
少し離れた場所から上がる声。
「そちらは、終わりましたか?」
「あと少しで」
躊躇いなく返ってくる返事に、彼はクフフ、と笑った。
――もう少し。もう少しだ。
高まる期待に笑みが溢れる。唇が空の月のような緩やかな曲線を描く。
そんな主の姿を見。
「嬉しそうですね。骸様」
「そうですか?」
言葉の端々に歓喜を含ませながら言った瞬間。
「骸しゃーん!俺も俺も!俺にも聞いて下さいれすー!」
千種の隣りから上がる声。その手の中で光る、やはり銀の細い――
「はいはい。そちらはどうですか?犬」
骸は手を動かすのを再開しつつ、問う。
「バッチリ、れすよ」
にぃ、と、犬は意味深に笑う。
また、手を止める。ますます口角をあげ、六道骸は空を仰ぐ。
「楽しみですね…一週間後が」
「…はあ」
ツナは本日何度目か知れない盛大なため息をつく。
ちなみに授業中なのだが、そんなことはおかまいなし。普段なら教師の目を逃れるように吐き出されるその鬱憤は、声と共に空に放たれる。
しかし、それを気にする者は誰一人としていない。
何故なら一週間前から、授業中休み時間放課後関係なく、教室の四隅で常に風紀委員が目を光らせているからである。
理由は、不明。件の委員長の命令だと言われた瞬間教師は卒倒しかけた。それだけ彼の存在は、この学校で異常なまでの影響力を持つ。
今も、教室内は静まりかえり、ただ教師のチョークの音が響くのみ。心なしか、皆背筋がピンと伸び、その目は一心に黒板のみに向けられている。教師も必要最低限の言葉を発するのみで、数式を書く手がかすかに震えている。
更にツナが自分の行動を大して気にしていないのには、もう一つ訳があった。
あの後。一週間前に初めて風紀委員がやって来た、その直後。脅えきった数学教師は、とりあえず授業を再開しようと、腰を浮き上がらせたままのツナに答えを黒板に書くよう指示した。
その瞬間、風紀委員の待ったがかかったのである。
驚く教師、生徒達、そしてツナを後目に、風紀委員は堂々と言い切った。
『沢田綱吉に不用意な行動をさせることは、固く禁じるよう言われている』
誰に、とか、何で、とか、そういう愚問を発する人間はその場にいなかった。ただ山本はにこにこした顔にちょっと陰を落とし、獄寺は「何言ってんだテメェ十代目に…」まで言いかけて、イヤ授業中当てられない方が十代目も狙われずに済むし、そもそもこんなレベルの低い授業十代目には…とか何とか言って、座ってしまった。
結局その日から、ツナはまったく当てられることなく、今日まできた。
それは嬉しいといえば嬉しいが、なんだか妙な話でもある。
あの雲雀が仕組んでいることなら、何故こんなにもまわりくどいのか。ツナに用があるならお得意の超職権乱用アナウンスをかければいい。獄寺と山本を振りきって、ツナは走っていくだろう。そうでなければ色々危ないことをツナはよく知っている。
なのに、まるで自分の手の届かないところにいるものを守るように、一週間も。おかしい。
ツナは再度ため息をつく。理由は周りの対応だった。
雲雀がツナに興味を示しているのは学校じゅうのもはや常識、いや、知っておかないと色々損する必須事項に近くなっている。
今回もツナが原因でこうなっていることは一目瞭然。毎日毎日監視をされる生徒も教師も、そろそろ参っていた。元気なのは休み時間になるとツナに寄っていく勇者二人くらいなもんである。
そうなると、周りの視線が少し痛い。
昔から慣れていることとはいえ、長引くとさすがのツナもストレスが溜りそうだった。
外を、見る。雪。今日はまだ降ってはいないが、ここ数日断続的に降り続いたため、校庭一面に真白の草原が広がっている。まだ雪合戦が出来るほど積もってはいない。視界に入るすべてのものをまんべんなく白い布が覆っている。
――なんか今日、あった気がするけど…まあいいや。
ぼんやりそう思って、ゆっくり押し寄せてくる睡魔に身を委ねようとした、その時。
ガラッ
教室の前と後ろ、二ヶ所にある扉が開き、風紀委員が入ってきた――
――ってアレ、デジャブ?
ツナは夢でも見ているように、その姿を眺める。
本当に夢なのかもしれなかった。だって、その数が多い。尋常でなく多い。
「……え"」
総勢十四名の風紀委員が、ぞろぞろと2−Aになだれ込んだ。
「な…君達!?」
教師が声を上げる。さすがにこの多さにはツッコミたくもなる。悲しいかな、彼は一週間前に恐怖を見た、あの数学教師であった。
「先生」
これも一週間前と同様――とツナは思ったが、よくよく見ると声を発したのは風紀委員会副委員長、草壁である。焦りを含む真剣な目で、教師に近寄った。
「な…にか?副委員長…」
一週間前同様のけぞりながら、教師は声を振り絞る。生徒達はただ、嫌な汗を流しつつ被害がきませんようにと願うのみ。
「委員長からのご命令だ。今日は護衛人数を増やすことになった」
そこでツナは、あれ?と思った。
細かい話だが、以前風紀委員は「警護」と言ったはず。しかし草壁は「護衛」と言った。つまり、誰か護衛対象が存在しているということ。
そこでとても嫌な予感がした。
途端、草壁がこちらを見る。
「!」
「……」
草壁の瞳は真面目だったが、怖くはなかった。それよりも、そこには同情の色が見てとれた。更に、心なしか彼の目にはクマが出来ているようだ。どうしたのだろうか。
草壁は嘆息すると、自らは教室の前のドアの所に立ち、他の者達に目線で合図をした。
彼等の内何人かは教室の後方に授業参観時の如く並び、何人かは狭い机を縫って進み窓辺に並んだ。外から誰か来るとでもいうのだろうか。
そして残った四人が、
「うええええっ!?」
ツナを包囲したのである。
そして、すべての配置を終えた草壁の言葉に、ツナは凍りついた。
「沢田綱吉は、放課後、応接室に来ること。…委員長命令だ」
「……」
ツナは応接室の前に立っていた。辺りは暗い。もう十二月、日が落ちるのが早いせいもある。
周りには、あの後ずっとツナの護衛をしていた四人。ここに来るまでも彼等の中でびくつきながらツナは歩いてきた。
先頭を歩いていた草壁が、ドアをノックする。かすかに聞こえる、彼の返答。
草壁は振り向いて、ツナを促す。ツナは苦虫を噛み潰したような表情で、応接室のドアに手をかけた。
――もう、どうにでもなれ。
「失礼します」
ガラッ
ヤケクソ気味に考えながら、ドアを開けると。
キラキラきらきら
「やあ、よく来たね。綱吉」
「……」
ツナは絶句した。
クリスマス。応接室はそうとしか言いようがないほどに飾りつけられていた。ツリー、リース、輪飾り、色とりどりの電飾。壁一面天井一面床一面、そして家具までがクリスマス仕様。革張りの質素な椅子が、ふかふかの赤と緑のクリスマスカラーソファに変わっている。かすかに流れているのはジングルベルだろうか。
そして何より、窓辺でツナを出迎えた、雲雀の姿――
ガラッ
背後でドアが閉まった。だがそんなことはどうでもいい。
「雲雀、さん」
「何。もうちょっと感動とか無いわけ」
ツナは震える指で雲雀を指差し。
思いっきり、息を吸い込み。
「なんで…なんでサンタコスプレしてるんですかーっ!!?」
大絶叫ツッコミ。最近していなかったため、新鮮みがある。
そう…もうなんか書くのも嫌になってきたが、雲雀はサンタの格好をしていた。
赤い服、赤い帽子に赤い靴。もうどこからどう見てもサンタ以外の何者でもない。こんなサンタいたら泣くけど。
雲雀はフフン、と得意そうに鼻で笑う。
「ああ、これ。草壁に作らせた特注品だよ」
「草壁さんに――!?」
――なんて…なんて可哀想なんだ…!
ツナは脳内に草壁の同情を含んだ瞳とクマができた目元を思い出し、心の中で合掌した。彼には幸せになってほしいとまで思った。
しかしそこは、ツッコミの性、というやつが働いてしまう。
「ってゆーか何なんですかコレ!?クリスマスパーティでもやろうっていうんですか!?」
「他に何やるのさ。せっかく君のために用意したのに」
心外だ、とでもばかりに言う雲雀に、ツナは頭が痛くなってきた。
「いろいろありえないですよ!もしかしてコレみんな草壁さん達が飾りつけしたんですか!?」
「ワオ。よくわかったね」
「わかりますよ!…もしかして一週間前から2−Aに風紀委員の方達が来てたのって…」
「君をクリスマスに誘う奴がいたら咬み殺すように言っただけだよ」
「うわあやっぱり―――!」
ツナは頭を抱えて叫ぶ。やっぱりこの人なのかああそうかそうなのか!…と、脳内でよくわからない納得をする。
雲雀はちらっと窓の外に目をやる。雪が、舞い始めた。
「…まあ、もう一つ理由はあるけど」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に反応し、ツナは雲雀を見た。
「まあ座りなよ」
雲雀に言われ、何も言えずツナはカラフルなソファに座った。当然のように雲雀は窓辺から離れ、ツナの隣りに座る。密着するのを避け、ツナはじりり、と端に下がった。
雲雀は不敵な笑みを浮かべる。楽しくてしょうがない、そんな笑み。
「綱吉」
低い声で、誘うように呼ぶ。
ツナは少しだけ赤くなりながらも、まだ多少の抵抗を示そうと、出来るだけ強い声音でなんですかと返した。
雲雀は片手をツナに差し述べて。
「プレゼントは?」
「………はぁ?」
あまりの不意打ちに、ツナも素っ頓狂な声を上げてしまう。
雲雀はきょとん、とする。
「だから、プレゼント。楽しみにしてたんだけど」
「な…それは雲雀さんが勝手に楽しみにしてたんじゃないですか!俺知りませんよそんなもん!」
何を言われるかと思えばプレゼントの要求。ツナはもうツッコミ疲れしてきた。
雲雀は怪訝な目をして、して、して。
「ああ、そうか」
微笑む。
「え?」
今度はツナがきょとんとする番。
雲雀はツナに述べた手をそのまま伸ばして、ツナの頬に、触れる。
「ひゃ…!?」
暖かい部屋の中なのに、雲雀の手はひんやりしていた。思わず、声が出る。
雲雀は笑んだまま、ずいっと身体を、顔を近付けて。
「君は君自身が僕へのクリスマスプレゼントだったね…ごめんね綱吉。失念してたよ」
「なっ……!?」
ツナの顔がたちまち赤く染まる。
その姿が可愛くて可愛くて。
雲雀は思わず目を細める。
「綱吉、サンタって可哀想だと思わない?」
「ふえ…?」
「一年間必死に頑張って、感謝されるのは一年に一日。良くて数日」
ツナはだんだん近づいてきているような雲雀から離れようと、また後退しかけた。しかし、今度は雲雀の手が、ツナの肩を掴んだ。
「っ!雲雀さ…」
「でも僕は、寛大だから」
それがさっきプレゼントをよこせと文句を言った人間のセリフとはとても思えなかったが、至近距離で囁かれるツナは何も言えない。
「君にプレゼントをあげることにした」
ツナが何かを言う前に。
「そうしたらね綱吉。そのプレゼントは、僕のためのプレゼントでもあることがわかったんだよ」
首筋を、す、と撫でられて。ツナの身体がびくりと反応する。
雲雀が真上を指差す。
「あれ、何かわかる?」
言われるがまま見上げると、天井から何かが吊り下がっていた。何かの葉っぱのような…。
「わから、ないです…」
「だと思った」
雲雀はくくっと笑い声を立て、視線を戻したツナに顔を近付ける。
「綱吉…」
甘くて、身体じゅうに響く声。ツナはどうしたらいいかわからず頭が沸騰してしまい、ぎゅ、と目を閉じた。
それを了解の意ととった雲雀は、そのまま目を閉じて、ツナの唇に自身の唇を重ねようとして――
バリイインッ!
窓ガラスが砕け散る。
「え!?」
「ちっ…来たか!」
驚くツナと、舌打ちをする雲雀。
窓ガラスを破り、その前に現れたのは。
「メリークリスマス、綱吉くん!」
「……え"」
ツナは顔をひきつらせた。
さっき雲雀が寄りかかっていた窓辺に佇んでいるのは、まごうことなき六道骸の姿。…サンタの格好をしている。雲雀とよく似たものだったが、骸は白い袋を背負っている。だいぶ小さなものだが。
――もしかして最近こういうの流行ってるのかな。俺が知らないだけなのかな…。
ツナは自分の常識度まで疑いつつ、骸をぼんやり眺める。
骸はにこにこしながらツナに近寄る。
「間に合いましたね…ああ、そんなにみとれないで下さい綱吉くん。あまりに似合っているからでしょうが…クフ、僕も罪作りですねぇ!」
「イヤみとれてないし似合ってないからソレ」
「またまた。頑張って作ったんですよ、コレ!」
「ってお前も手作り!?」
「ええ!千種と犬に作ってもらいましたよ♪」
「…へえ」
ツナは千種と犬にも合掌した。というかむしろ、草壁も含め彼等には後で謝りに行こうと思った。
「ちょっと。人を挟んで会話しないでくれる」
突然雲雀が低く凄味のある声で骸に言う。眼光の鋭さが普段の二倍増しになっている。
『ひいっ!?』
ちらりとツナからも見えたその瞳に、ツナは背筋を凍らせる。
「まあ、来るとは思ってたんだけどね…」
立ち上がる雲雀に、骸は嘲笑を浴びせる。
「僕だってロンリークリスマスは嫌ですからねぇ。…一週間もお疲れ様でしたね。まるで穴のない護衛でしたよ?お陰様で綱吉くんを拐う計画はことごとく潰れました…クフフ」
バチバチ、と二人の間でぶつかる火花。
ツナは今までのあの護衛は骸対策だったのか…と思い、妙に納得していた、が、
「…って骸!今の何だ!拐うって…」
ツッコミ疲れから復活(リボーン)し叫ぶ。
「ああ綱吉くん、安心して下さい。この男を倒したら、すぐさま連れ去ってあげますからね」
「はあ何言ってんのパイナップルそれはこっちのセリフだよ」
そしてまた、一触即発の空気が流れる。いつの間にか、雲雀はトンファーを、骸は三叉槍を構えている。サンタの衣装で対峙する姿は、なかなかシュールである。
と、
「あ、忘れてました!」
骸は突然叫ぶと槍を床に置き、背負っていた白い袋をごそごそやりだす。
「…?」
実はさっきから気になっていたツナは、少しだけ身を乗り出した。
「綱吉くんに〜クリスマスプレゼントを持ってきたんですよ〜♪」
「え…」
そうして楽しそうに骸が取り出したのは。
「ジャジャーン!」
赤い服、だった。サンタの衣装、だった。ただ、骸や雲雀のものとは決定的にデザインが異なっていた。
「……骸、ソレって」
骸はキラキラしたまさに少年のような笑顔でうなづいた。
「はい、綱吉くんのサイズぴったりの、ミニスカサンタコスチュームですよ!」
ごん。ツナはあまりのことに、横に倒れてテーブルに頭をぶつけた。それを見て骸は口に手を当てて慌てる。
「ああ、大丈夫ですか!?そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたよ…!」
「喜んでねぇ―――っ!」
飛び起きてツナは全力で叫ぶ。
「これだけは他の人に任せるわけにはいきませんから、勿論僕の手作りですv」
「ハートを飛ばすな!っていうか俺男なんだけど!わかってる!?」
骸はきょとん、とした後、床の槍を拾いながらやれやれと苦笑する。
「わかってませんね綱吉くん…男の君が着るから可愛いんじゃないですか!」
「やかましいわあ!名探偵ばりにこっちを指差すなお前は!」
「まったくだよ、パイナップル」
先程から黙っていた雲雀が口を開く。骸の持ったミニスカサンタコスチュームを眺めて、フンと鼻で笑う。
「そんなもの綱吉に着せて楽しいわけ?」
「雲雀さん…!」
もっと言ってやってくれ!という期待の眼差しで、ツナは雲雀を見つめる。
雲雀は、ビッ、とコスチュームを指差し、言った。
「スカート丈長すぎ」
ツナは気を失いかけた。
――こっ…この人達は…っ!
「綱吉足綺麗なんだから、もっと見せるべきでしょうが」
「そんなことしたら他の男を惹きよせるだけでしょう?」
「わかってないね。こういうのは二人だけの時に着せて個人で堪能するんだよ」
「君こそわかってませんね。こういうのは大勢いる中で着せて恥ずかしがる様を楽しむんですよ。第一、普段見えてないからめくれあがった時に感動があるんですよ」
「ああ、確かにそれはそうかもしれないね」
「でしょう」
「……」
ツナは応援室のドアを見やった。リーチの差を考えると、雲雀には捕えられてしまうかもしれない。だが、すぐに骸が引き離しにかかるはずだ。なんとかドアまではたどり着けるはず…って、何を考えてるかって?当然逃亡方法ですよ、お嬢さん。
男として。というか、まともな人間として。ミニスカサンタだけは避けねばならない。っていうかとにかく嫌だ。その思いを実行に移すべく、ツナは腰を浮かし、ドアへ――
「綱吉」
「綱吉くん」
「!?」
進行方向には、骸の姿。いつの間に移動したのか、ツナとドアの間で微笑む。
当然後ろには雲雀がいるわけで。
――挟まれた…!?
ツナは青くなった。
「どこ行くんですか?綱吉くん。ミニスカサンタに、なってもらいますよ?」
骸はにっこり笑いながら、近寄ってくる。笑顔が怖い。
「綱吉。僕が着せてあげるから、心配しなくていいよ」
「!?」
後ろから雲雀にはがいじめにされ、身動きがとれなくなる。
これでは二人がグルにしか見えない。
「……」
ツナはうなだれた。二人から逃げるという計画が奇跡でなかったのは、二人が敵対していたからだ。今はもう、奇跡どころでない。奇跡の方がよっぽど可能性がある。
そう考えたら。
「…う…ひっく…」
ツナの大きな瞳から、涙がぽろり、ぽろりと、舞い落ちた。
雲雀と骸が、大きく目を見開く。
「つなよ、」
「つなよしく、」
同時に言いかけた二人の言葉は。
「二人とも…ひどいっ…」
ツナの弱々しい声に、中断させられる。
雲雀はツナを離した。ツナはぽすん、とソファに座り込む。
「俺…別に二人のこと嫌いじゃないのに…クリスマスだって、普通に祝ってもらえるなら…ぐすっ、うれし、ひくっ…」
「……」
「……」
「なのに…せっかくの、なのに…クリスマス、なのに…何でこんなことするのぉ…」
そう言って、ひときわ大きく嗚咽を漏らす。
恥ずかしい格好をすることより、それを二人に強要されたことの方が、自分の意見を聞いてもらえなかったと感じたことの方が、ツナにはつらかった。
すると、ぽん、と。頭に降りた心地よい感覚。
雲雀が、ツナの頭を優しく撫でた。
「ごめんね、綱吉」
もうひとつ、ぽん、と。
「ごめんなさい、綱吉くん」
骸が、ツナの髪を優しく撫でた。
ツナは顔を上げる。微笑みながら、しかし心配そうにツナの顔を覗きこむ、二人の顔。
「雲雀さん…骸…」
その姿がなんだかおかしくて、ツナはふにゃりと笑った。
「いい、ですよ、もう…」
ちょっと甘い気もするけれど。それはそれ、クリスマスだから、とツナは結論づけて。
ふと、上を見上げる。先程見た、濃い緑の葉っぱ。
ツナにつられるように、雲雀と骸もそれを見上げて。
「あ」
「おや」
目を丸くする。
雲雀がツナを引き寄せた。
「え…」
「いけないいけない。忘れてた。これはね、綱吉。ヤドリギっていうんだよ」
ツナの体重が完全に雲雀にかかろうとした瞬間、骸がツナを引き戻す。
「わ…」
「ヤドリギの下で、キスをすると、幸せになれるんですよ。綱吉くん」
やはりツナが完全に骸に抱きとめられる前に、雲雀がツナの腕を掴んで止める。
「何ですか恭弥」
「君こそ、何」
骸はにっこり微笑む。
「僕は綱吉くんと幸せになりたいので、これからキスをするところなんですよ」
雲雀は冷ややかに嘲笑う。
「ワオ、奇遇だね。僕も綱吉と幸せになりたいから、これからキスしようと思ってたよ」
「……」
「……」
ツナは、今さっきのアレは何だったんだとばかりに顔をひきつらせる。
「放せ」
「君こそどいて下さい」
「断わる」
「往生際が悪いな」
二人のツナの引っ張り合いが始まって。
「わわっ!?ちょっと…!」
まるでクリスマスプレゼントを取り合う子どものように。
「なら、君より先にいただくよ」
「僕が先ですよ」
ぐい、と同時に両側から引っ張られたと思ったら。
二人に、両側から頬に、キスされて。
「―――!!?」
ツナは頭が真っ白になる。
そのまま時がしばらく止まって。
二人の唇が離れたと思ったら。
ガンッ
ツナの目と鼻の先で、トンファーと三叉槍がぶつかる。
「ひっ…!?」
二人はものすごく陰のある笑みを浮かべながら、対峙していた。
「何、やってるのかな、君。綱吉に何をした?今」
「何、やってるんですかねぇ、君は。綱吉くんに、今」
ゴゴゴゴゴ…という音が聞こえてきそうなほどの二人と気迫にひるんで、ツナはソファの背に深くうずまる。
――なんなんだろ、この人達は…。
ひどいと思えば、優しくなったり。仲が悪いと思えば意気投合したり、また険悪になったり。
よくわからないけど、でも。
「骸、雲雀さん」
どんなに小さい声でも、二人がこちらを振り向いてくれることは、とても嬉しい。
それは本当だから。
「何、綱吉」
「何ですか、綱吉くん」
だから、立ち上がって。
二人の手をぐい、と引き寄せて。
「え?」
「はい?」
彼らの距離を縮めたら、
一緒に抱きつく。
「…!」
「…!」
二人に、最上級の笑顔で、微笑んで。
「メリークリスマス」
「…綱吉、それ反則」
「…ホントに、ねぇ、綱吉くん」
「え?え?」
「きょろきょろしないの。このケダモノに襲われたらどうするの」
「恭弥…言いますね。そういう君こそ、目がギラギラしてますよ」
「…何言ってんの?二人とも…」
「でもどうしましょう…このミニスカサンタコスチューム…せっかく作ったのに…」
骸が、ちら、とツナを見る。
「え"」
「そうだね…やっぱり勿体ないよね」
雲雀がちらりとツナを見る。
「……あの」
「何」
「何ですか」
ツナはため息をついた。誘導尋問じゃないか、とツッコミたくなるのを抑えて。
「…トンファーと槍、閉まってくれるなら」
途端に二人が、雲の守護者と霧の守護者が、その整った顔で極上の笑みを浮かべる。
それに不覚にもツナは赤くなってしまって。
そして彼等はハモって言う。
「ボスのお望みとあらば」
――俺の、望みなわけ?コレ。
ツナは、疑問に思って。
でも、
「うん。いいよ、それで」
サンタさんへ。
おれには、ともだちがいないです。
だから、くりすますぷれぜんと、いらないから、
いっしょに、くりすますに、あそんでくれるともだち、ください。
ちょっとくらい、へんでもいいから。
おれにえがおをくれるともだちを、ください。
なみもりしょうがくこう1ねん3くみ
さわだつなよし
「……あーあ」
見事に願いを叶えてくれたサンタに、お礼と、でもこれちょっと違うと文句を言いつつも。
せっかくミニスカサンタになってやったのに(さすがに着替えは別の部屋で自分でしたけれど)、途端にまたケンカを始めた二人を遠目に見て。
真上からつりさがったヤドリギに、あっかんべーをして。
外に降る雪に、微笑んで。
ツナはぼんやり考えた。
来年のクリスマスの、二人へのプレゼントを。
考えなくちゃいけなかった。
だって。
「だって、おんなじもの、要求されそうなんだけど、俺って、ひとりなんだもん」
そばに人がいることが、こんなに困ることだなんて。
散々な、クリスマス。
だけど。
なんて、贅沢な、クリスマス!
終
メリークリスマス☆…ってことでクリスマス記念ヒバツナムクでしたー。
去年の調度今頃書き上げたやつです。何やってたんだ自分…。当時の執筆スピードが信じられません。
いろいろつじつまが合わないというか、説明しないとわかりにくいかな?というところはあえて説明しない方向でいきますごめんなさい。なんか言い訳っぽいなあと思いまして。
フリーの予定はなかったのですが、せっかくのクリスマス、何かプレゼントを用意せねばということで、期間限定フリーにさせて頂きます。(※現在は配布終了しております)
ではでは、読んで下さってありがとうございました!素敵なクリスマスをお過ごしくださいvvv
07,12,24(08,1,7…REBORN頁に移動)
戻る