標的一← →沢田家光 その日。沢田家には神妙な空気が流れていた。 家の主人は壁に掛けられた時計を見て、息をつく。 夕食後彼の息子はお茶をのんびり飲み、すぐに部屋へ行ってしまう。話を 切り出すならその前しかない。 視線をテーブルの向かい側に座った息子に向ける。皿に残ったハンバーグ の欠片をぱくんと頬張り、幸せそうにもぐもぐ咀嚼する。その姿は単なる 子どもで、これから彼を待ち受けている未来を感じさせない。 「はい、お茶」 妻が息子の前に湯飲みを置く。普通の家庭――そう、ただの家庭を演じ続 けてきた。自分も、妻も。 「ありがと、母さん!」 息子がにっこり笑う。光り輝く笑顔。こんな子どもにまで辛い運命を押し 付けなければならないことは、彼にとって苦痛だった。 けれど。それによって得られるものも、彼――沢田家綱は知っている。 だから、「仕方ない」ではなく。 「求めて」、それを選ぶのだ。 「家光」 静かに呼ばれる。家光は持ち上げかけた湯飲みを止めた。 「何?」 普段は温厚な父親の雰囲気が変わった。眼差しが、重い。 「大切な、話がある」 静かに、淡々と。いつの間にか他の音が無くなっていた空間に、父の低い 声がよく響く。 ガタン、と椅子が音を立て、母親が席についた。彼女もまた、静かな顔を している。 家光は湯飲みに目を落とし、音を立てずゆっくりテーブルに置いた。 真剣な話だということはわかってもらえたらしい。家綱は心の隅で安堵す る。 「お前…」 息を吸い、吐いて。気持ちを落ち着かせ。 「お前、最近、彼氏できたか?」 『……』 「ってアホかああぁ―――っ!!」 どがっしゃあああんっ! 妻、ひかるの回し蹴りが家綱の顔にヒットし、彼は半回転しながら後ろの 食器棚に激突した。当然食器はメチャクチャに砕け散る。 「うぐほっ!?な…にするんだお前は!」 「何するんだじゃないでしょうが何アホなこと言ってんのアンタは!?言い ずらいからって逃げるな!」 「いやこういうことを言う前には多少のジョークがいるかなあって」 「いらんわ!ってか何で彼氏なのよ!せめて彼女でしょう!?」 棚の残骸と食器の破片を身体から払いつつ家綱は立ち上がる。その顔には 撫然とした表情が浮かぶ。 「メチャクチャなこと言ってるのはお前だ…こんなに可愛い息子に手を出 さない男がいるか!」 「いてたまるか」 ピシャリと言ってのけ、ひかるは息子に同情の目を向けると、その肩に優 しく手を置いた。 「あのね家光…よく聞いてね」 「あっ、ちょっ!俺が言うから!待っ…」 ひかるの裏拳がまだ回し蹴りの跡残る顔面に叩きこまれ、哀れ家綱はダウ ンした。 キョトンとした息子に微笑みかけ、彼女はゆっくり言った。 「あなたは、マフィアよ」 ぱちくり。家光が目を瞬かせる。 「あなたのご先祖様が、マフィアのファミリーの創設者だった。今そのマ フィアは違う人が継いでいるけれど、あなたもその血を引いている以上、 マフィアのために働いてもらうことになるわ」 ぱちくり。もう一回。 「あなたのファミリーの名前はボンゴレ…ボンゴレファミリー。イタリア でも最も格式高く、誇り高き伝統を持った最強のマフィアよ」 「……」 「…ごめんなさい、今まで黙っていて。でもあなたの安全のためにも、本 当のことは言えなかったの。これからは…マフィアとして生きることにな ってしまうから」 「…じゃあ」 家光が小さく口を開いた。 それから何かを考えて、ぽつりぽつりと話し出す。 「俺、マフィアなんだ?」 「そう」 「これから大変なこととか、危険なこととか、あるんだ?」 「そう…ね」 「……っ、楽しそー!」 「………は?」 思いもよらぬ発言に、ひかるはポカンと口を開ける。 家光は目をキラキラさせて立ち上がる。その姿に一切の不安や脅えは見ら れない。 「マフィア…危険…うわあ楽しそう!なるなる!絶対なる!」 「それでこそ我が息子だ――!」 妙に燃え上がっている家光と、いつの間にか復活した家綱を見て、母はが っくり肩を落とし。 「この…バカ父子がああぁっ!」 沢田家唯一のツッコミの叫びは、並盛町内に素晴らしく響き渡った。 *************************** あとがき<壱> ツナ:なんなんだこれー!? リボ:お前の親父と、祖父母だろうな。 ツナ:そんなのわかるよ!な、なんてアホな…特に父子! リボ:まあそう言うな。とりあえず家光の親バカぶりは、家綱のせいだな。   家綱は息子の溺愛っぷりじゃフゥ太のランキングでもかなり上位に食い   込むって話だ。 ツナ:あ、あり得ねえ…俺はこんな親にならないぞ、絶対…! 獄寺:だ、だだだ大丈夫っすよ十代目!俺は、その…頑張りますから…!! ツナ:はあ? →標的二に続く。(ブラウザバックでお願いします)