すてみタックル

  あはは、と笑って、ぽんと肩に手が置かれ。
 その顔は呆れを通り越して、苦笑になっているのだけれど。


「懲りないなあ、タケシはー」


 サトシは言って、肩に乗ったピカチュウを撫でた。
 聡い動物はそれを甘んじて受けるのだけれど、俺を睨むことは忘れない。
 ごめんな、ピカチュウ。
 お前の最愛の人に、こんなこと。


「仕方ないだろ!この世に美しい女性がいる限り、俺はいつまでも戦い続けるぞ!」
「はいはい」


 サトシはやっぱり笑って――でも今度は苦笑じゃなく、母親が子どもに見せるような穏やかな笑顔――両手を空に向けて伸ばした。
 うーんと伸びをして、もう一度肩のピカチュウとアイコンタクトをして笑顔を零す。
 それがたまらなく好きなんだよなあ。そう言ったら、どんな顔をするんだろう?


「ほら行くぞタケシ!ポケモンは待ってくれないんだから!」
「わかったわかった、うう〜すみませんジュンサーさん、次に会うときは必ず…!」
「はいはい、早く行こうねタケシ!」


 ヒカリに引っ張られ足を縺れさせながら、俺は二人に続いて町を後にする。
 まったくタケシはおとなのおねえさんに弱いんだから!ヒカリのイライラはもっともで、俺は情けなくため息をつくのみ。今日はグレッグルが出てこなかっただけまだマシなようだ。
 仕方ないだろ。サトシはいかにも慣れてますと言わんばかりに笑って――そうだ、サトシはいつだって、こんな俺に寛容なのだ――ヒカリをなだめた。
 ヒカリは苦笑しかしないサトシを見て首をひねる。年相応の女の子らしく、可愛らしいものだ。それくらいは俺だって思う。男なんだからさ。
 だけど俺の好みとは180度違うので、ときめいたりはしない。それだけの話だ。


「タケシって昔からこうなの?」
「えぇ?」
「サトシ、ずっといっしょに旅してきたんでしょ?始めはサトシが止めてたの?」


 サトシはまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったらしく、ええと、と目線をあちらこちらに飛ばした。
 そういえばサトシは何も言わなかったなと思う。どうしようもなく俺が落ち込んだり、泣き出したりすると励ましの言葉をかけてくれたりはしたけれど、カスミやハルカやマサトや、ヒカリのように文句を言ったり止めたりしない。
 いつも、まるで昔から慣れているみたいに笑って、それで。
 サトシは野次馬根性になってきているヒカリの瞳に気圧されて、腕を組んで考え出した。


「初めに会ったときは、ほら、タケシジムリーダーだしさ。初対面だったし、もうちょっとこう…むしろ怖いイメージだったんだけど」
「ええっ、ほんとお!?しんじらんなーい!」
「ホントホント。でも、おねえさん好きってのはいっしょに旅して…しばらくしてからじゃないかな?よく覚えてないけど」


 ああやっぱり覚えてないんだ、俺もだけど。
 そんな言葉を飲み込んで、俺は前を歩く二人に声をかける。


「おいおい、勝手に人の話するなよー」
「いいじゃない!」


 こういうところ、女の子は凄いと思う。いつの間にかサトシの腕をしっかり掴んで、一言で俺の静止を切り捨てた。ううむ。
 ヒカリはしきりにそうなんだーふーんを繰り返し、にやりと企み顔で笑うとサトシにますます詰め寄った。


「ねえねえ、サトシは?」
「オレ?」
「うん。サトシはさ、タケシみたいに旅の途中で恋しちゃったり、とかないの?」
「えっ…」


 サトシは絶句すると俺を振り返った。助けてくれ、と瞳が訴えていたけれど、別に何もないんならそのままを言えばいいと俺は苦笑して肩を竦めた。
 実際サトシは今までカスミやハルカといった女性陣(ヒカリと比べると女の子というより女性に近い。あの子達は)と長く旅をしたり、行く先々で結構いい雰囲気になるのに結局俺と同じく一人者のままで町を去る。
 サトシは明るい性格だしポケモンウケもいいから本気で好きになってくる女の子だっているだろうに、勿体無いと同時に不思議な話だ。ライバルであるシゲルが女の子達をはべらせているのとは大違いだった。まあ彼も、今はそんなことはしていないだろうけれど。
 サトシは恥ずかしそうに頬を赤くして、はにかんだ。そういう経験に乏しいのが恥ずかしいんだろうか。


「ぜんっぜん。オレ、モテないし。今はみんなといっしょにいる方が楽しいしさ!」
「え〜つまんなーい!」
「そ、そう言われても…」


 そうだ、不思議なのだ。だけれど、何ら不思議じゃない。
 まるで俺達は、


「タケシ?」


 立ち止まった俺に気が付いて、ヒカリが歩みを止めた。
 続いてサトシも足を止める。
 黒い癖っ毛がふわりと風に乗って揺れた。黒い眼が俺を映して、一瞬、揺れた。


「タケシ…どうかしたか?」
「…いや。何でも」


 考え事しちゃってさ。ごめんな。
 片手を上げて言って、二人の元へ。
 三つあった影が重なったり離れたり、いびつな形を作りながら進む。
 話している内容は今日のバトルのことだったり夕飯の希望だったりしたけれど、俺はずっと隣のサトシのことを考えながら歩いてみた。
 それはきっと懺悔なのだろうと思う。
 サトシが「慣れてるよ」と笑って迎えてくれるから、俺は今日もきれいなおねえさんのことを追いかけ回せる。
 サトシが誰のことも好きだと言わないから、強いて言えばポケモンだけだから、俺はサトシをからかえる。きれいなおねえさんはいいもんだぞサトシ、なんてったってなあ――。それをやっぱりサトシは笑って聞き流す。懲りないなタケシ。





 だからさ、サトシ。もうちょっと、甘えてもいいかなあ。
 まるで俺達、浮気公認の夫婦みたいなんだけど。












 タケシとサトシってお似合いだよねって思った。確かダイパ開始時?あ、いやAG開始時?
 とにかく旅に出ようとするとちゃあんと道端で待ってるタケシと、それが当然のごとく振る舞うサトシに悶えた。素敵な関係だなあ。CP抜きでもね。
 タケシがおねえさんに迫ってるのを見て苦笑するサトシがときどき大人だなーって感じる。
 一番長くいっしょに旅してるのってタケサトだもんね?





08,7,21