あの夏のお題

2008年7月16日〜9月26日


1.CP無し
2.降谷×沢村(ダイヤ)
3.準太×三橋(おお振り)
4.了平×ツナ(REBORN)
5.子津×猿野(ミスフル)








1.CP無し



向日葵を見上げて





 ひまわりのようだ。と言われた。
 何が?と問うと、お前が、と。


 そうなのか、俺は、ひまわりだったのか。





(ひまわりはいくら見上げられても、見返さないので気づきません)
(…しょぼんとしおれる、夜以外は、ね!)








2.降沢



金魚すくい





 ぱちんぱちん、かんかん。
 何の音かはわからなかった。ただ、にぎやかな祭にふさわしい音が響いた。


「それ、飼うのか?」
 栄純が尋ねた。咎めてもいるわけでも、心配そうな風でもない。
 ただ不思議がっているのだ。何故、と。


「さあ」
 降谷はそのままを口にし、これでは何も考えずに行動に出た馬鹿だと笑われてしまうか、と一瞬失態を後悔した。
 けれど栄純はそっか、と相槌を打っただけで終わった。
 それはそれで物足りないものだった。





 しゅわ、しゅわわわ、じゅっ。
 何の音だろうと降谷は考え、きっと考えても答えは出ないのだと思い直して止めた。


「でも」
 栄純が足もとの砂利を蹴り上げた。ばらっと砂利が舞って、落ちた。
「寮で、金魚飼えるのか?」


「たぶん、ムリ」
 降谷は即答した。
 飼いたかったのではないから、それでよかった。自分に言い聞かせた。


「ならどうするんだよ、それ」
 もっともなことを栄純は言い、辺りに視線を移した。
 綺羅綺羅ひかる祭の場はにぎやかで、けれども二人は喧騒から少し離れて歩いている。
 どちらが決めたことでも、どちらからしたことでもない。少しだけ静かな場所に引き寄せられたのは。


 どうしようもないと降谷は思って、嘆息した。
 別に金魚に思い入れがあったわけではないから。
 ただ、ぴったり二百円がポケットに残っていて、
 栄純がその大きな瞳に紅い金魚を映しこんでいて、
 尻上りの声で、「なあ」と言ったから。





 ぱんっ。
 遠くから何かが弾ける音。花火だ、おそらくは。


「ねえ」
 降谷の声に、数歩先で栄純は立ち止まった。
「逃がそうか」
 そう言って、横を見た。黒々とした流れが、祭の灯りを受けて浮かび上がる。


「大丈夫なのかよ」
「知らない…けど」
 持って帰っても、すぐに死んじゃうから。
 栄純は何も言わなかった。
 その通りだと、知っていた。


 川面にしゃがみこんで、ビニールを開き、中の水といっしょに金魚を放す。
 紅い身体が流れていった。水の流れに逆らわず、紅い糸のようだった。


 栄純はじっと川面を眺め続けた。
 その傍で降谷は栄純の瞳を見つめた。
 大きな黒い瞳には、今でも紅い金魚が見える。








3.準ミハ



登校日





 三橋家のカレンダーはおかしい。
 というか、三橋廉のカレンダーはおかしい。
 夏休みが始まる日には何も印がないのに、
 夏休みが終わる日には赤いマル。


 初めて見たとき少し不思議に思って尋ねたら、三橋は恥ずかしそうに面目なさそうに視線を下げた。
 ――休み、は、嬉しくない、です。
 それは学校がないから。そして学校が無いときは、少なからず野球の練習が制限されるから。
 お盆などは特にそうだろうと想像がついた。
 三橋はカレンダーを横目で見て、はふ、と息をついたものだ。
 ――学校、楽しく、て。
 準太にはそれがいかに深い意味を持っているか直接はわからなかったけれど、三橋の瞳の色から三橋が西浦での時間をとても大切にしていることがよくわかった。
 だから、早く終わるといいな、夏休み。そう言って、笑った。


 だから翌年、また三橋家を訪れたときはまた不思議に思った。
「三橋ー」
「は、はいっ」
 麦茶を盆に乗せて持ってきた三橋は、準太の隣にちょこんと座る。
「もう、マル付けないの?」
 八月の最終日を指差すと、三橋は案外すんなり頷いた。
「いらなく、なって」
「いらない?」
「は、い」
 寂しそうな八月三十一日を指でなぞって、三橋はふうわり、微笑んだ。エアコンの風が三橋の前髪をそっと持ち上げた。
「じゅんさん、が、来てくれるから、」
 休みも好きなんです、と。
 準太が呆気に取られている内に麦茶の氷が溶けて、からんと音を立てた。








4.了ツナ



海までの坂道





 何故自転車なんてこいでいるんだろうと、ツナは首を傾げた。
 けれども、そういうものなのだ!と言われたので、きっとそういうものなのだろう。としか言えない。
 別に何か声をかけるでもなく、目の前の彼の背を見つめながら、自転車をこぐ。
 役に立てているわけでもないのに、自分は何をやっているのだろうか。
 いや、そもそも了平は自分の練習に何故ツナを付き合わせているのだろうか。
 わからないがそれも、きっと、「そういうものなのだ!」


 太陽が照り輝き、汗がツナの額を伝い頬から滑り落ちて青い空に散る。
 前を黙々と走る了平の顔は見えない。自分よりもずっと運動量が多いから、かなり汗をかいているに違いない。
 飲み物を買ってくるだとか、新しいタオルを投げてやるだとか。
 出来ることは無限にあるようで、すべて出来ないとツナはあきらめる。
 彼と自分の距離はとてもふしぎだ。すべて許されているようで、結局何も許されてはいない。
 たとえば今、「好きです」と言ったって、それは。
 ――きっと、笑って流されるんだ。


 坂に差し掛かっているのには気付いていた。けれど直接重みがペダルを回す足にきて今一度思い知り、ツナは唇を噛みしめる。
 ペダルは地味に重い。自分みたいだとツナは思った。
 前を一定のリズムで走っていた了平が、坂の頂上で足を止めた。
 ツナも倣って自転車を止める。ハンドルに上体を預けて、息を整えながら前を見た。
「わ」
 碧い海が一面に広がって、太陽で輝いている。
 白い飛沫が視界のあちこちで空に舞い、ツナの瞳に反射した。
「うむ」
 了平は何に感心したのかわからないがそんな相槌を打って、海を見つめた。
「お兄さん」
「沢田」
「なんですか?」
「お前こそ、なんだ?」
「いや、なんとなく…?」
「じゃあ俺もなんとなくだ」
 なんなんだそれ、とツナはツッコみかけて、止めた。
「沢田」
 彼は笑って、ツナの頭をかき交ぜた。
「いい、気分だな!」
 そんなことを思っているのはお兄さんだけです、とツナは内心で思って、嬉しそうに微笑んだ。
 これが彼なりの誘いなのだと、まだ気付かないままで。








5.子猿



午前0時のプール





 ちゃぷん、という水音が暗い中で響いた。
 猿野が立てた音だ。彼の手が水を叩いた音だった。
 子津は「1」と書かれた飛び込み台の上に腰かけてプールの中を廻る猿野を見つめる。
 暗くて、少し離れただけで表情が定かではなくなってしまうから、必死に目を凝らした。
「いなくなったりしないって」
 心配性だな、ネズッチューは。
 笑い飛ばした猿野につられて笑い返した顔に覇気がないのに、気付かない猿野ではなかっただろう。
 でも彼は何も言わず、服のままで真夜中のプールに飛び込んだ。勢いよく水飛沫が上がり、子津は避難し損ねて濡れてしまった。
 ならいっしょに入ってしまえばいいのにと、自分でも思う。靴下を脱いだ足先だけを水につけて、ほんの少しのすずやかさを味わいながら。
 猿野は自由気ままに泳いでいる。時には歩き、時にはクロール、潜って、水底から勢いよく登場する。
「ぷはあっ!」
 濡れた髪を頭を振って払った。
 濡れた茶色い髪も、濡れた日焼けした肌も、しずくが落ちる唇も。
 濡れた瞳も。
「猿野くん」
「ふえ?」
 びしょびしょの猿野が振り向いた。ちょっと幼く見える彼に、微笑みかける。
「僕も、泳いでいいっすか?」
「おお!っつーか、いつまでそうしてんだろって思ってた」
 笑って近寄ってきて、手を差し伸べる猿野に、手を差し出す。
 早く来いよと言わんばかりの楽しそうな顔が、愛しいなあと思った。
「でも、入ったら…」
「ん?」
 子津は笑っていたが、瞳はまっすぐすぎて痛いほどだった。
「キスしても、抱きしめても、もっと…歯止めが利かなくなっても」
 猿野の瞳が大きく見開かれた。暗くてそこに自分が映っているかなどわからない。
「許してくれるっすね?」
 ああ、と猿野は納得した。なんだ、とも思った。
 そうしてにいっと悪だくみを思いついたような顔で、子津の手を思いきり、引き込んだ。
「わあっ!?」
「ははっ…覚悟すんのは、てめーのほうだっ!」


 なけなしの理性なんて、午前0時のプールに必要ないんだよ。








あの夏のお題

向日葵を見上げて
金魚すくい
登校日
海までの坂道
午前0時のプール









08,10,21