寒い熱、熱い熱
「ふいー」
熱斗はソファにふんぞり返っている。この位置が一番冷房が効いていて気持ちいいことをよく知っているからか、さっきから動こうとしない。
熱斗のナビからすれば「IPCは冷房の効き過ぎで身体に悪い」のであり、「仕事中毒なんか放っておいて帰ろう」ということなのだが、熱斗は「もうちょっとー」を繰り返すだけ。心配性のロックマンもとうとう閉口してしまった。ときたま、お腹を出すと風邪を引くからやめてとたしなめて、こちらを見ていた炎山を睨んだりはするが。
炎山はまた熱斗の保護者に睨まれてはかなわないので手元の書類に目を落とす。これだけ冷房が効いていれば暑くて能率が下がるということもないが、確かに涼しすぎる気もする。
デスクワークと会議が積み重なり社内で一日を過ごすことの方が多い炎山はまだしも、外を駆け回るのが似合いの熱斗は寒くないのだろうか?ロックマンじゃないが腹を出したら体調を崩しそうである。
炎山は机上を見渡した。ぱっと見た感じでは書類の量は少ないが、まだしばらくかかりそうだ。
専用の台に置いたPETを見るもブルースの姿は無い。熱斗の相手をさせても良かったが、彼は彼で仕事中だった。
「うー」
『熱斗くん、大丈夫?寒くない?』
ロックマンの言葉にやはり室温を上げた方がいいか、と炎山はPETに手をかけた。ブルースがいるときは一言で済むが、そうでないときは手動だ。一応会社の管理システムが自動調節をしているのでこれでも適温のはずだが、まあ熱斗の体感気温は会社員のそれとは違うだろうし。
「寒くないって」
きっぱりと言う熱斗の言葉に手が止まった。暑くてだれているのか、言葉じりがちょっと投げやりだ。
『やせ我慢は良くないよ!炎山も忙しいみたいだしもう帰ろうよ!』
懇願のような訴えのような。言葉の端々に炎山への怒りを込めて、ロックマンが言う。大切な熱斗くんがこんな甲斐性なしに振り回されるなんて!と言外に聞こえる気もした。すみません。
熱斗は首をぐるりと回した。それから天井を見上げ、にっこり笑って首を振る。
「何言ってんだよロックマン」
『えっ?』
「だってここ、パラダイスじゃん!すげー冷房効いてて涼しいし!」
『え…』
熱斗の思わぬ言葉にロックマンは絶句した。
それは炎山も同じで、未だPETに伸ばした手は止まっている。
「あー気持ちいいなー」
熱斗は目を閉じて冷房を享受する。腕を広げてソファにもたれて、確かにリゾート気分のようである。ロックマンはPETの中からまじまじと熱斗を見つめた。
本当に大丈夫なのか…?と炎山は訝しく思っていたが、熱斗が平気そうなのでPETから手を引く。とにかく早く書類を片付け次の会議の予定を組んで、熱斗の相手をしなくては。
デスクの書類に目を移したとき、低い声が聞こえた。
『熱斗くん』
「なんだよ〜ロックマン」
『いま、震えたよね』
熱斗は黙った。炎山は書類をめくる手を止めた。
熱斗は変わらず天井を見上げたままである。誤解を怒るのでも正答に慌てるのでもない。
部屋が沈黙に落ちていた。
ロックマンははあ、と大きなため息をつく。更に炎山を半眼で睨みつけた。炎山にそれが見えるはずはなかったが、睨みつけられたのだとすぐ知れた。
「くしゅ」
熱斗が肩を縮こませて、鼻を鳴らした。
『熱斗くん』
ロックマンの、先程よりはだいぶ落ち着いた声が静かな部屋に響いた。それでも熱斗は黙って鼻をこする。
そしてまた、気持ちいいな、と嬉しそうに言ってソファに背を預けた。
炎山は手にした書類を見、熱斗を見、大きく息を吐いて乱暴にPETを掴み取ると設定温度を下げた。
立ち上がる。書類は机上に放った。ぱさりと軽い音がして、静まる。
つかつかと熱斗に近づく。熱斗は炎山を見上げると、目を瞬かせた。笑顔はそのままに。
「ん、終わった?今日は早いな」
「……いや、」
かたかた、と言えばいいのか、ふるふる、と言えばいいのか。ともかく熱斗の肩や手や唇は、震えていた。血色がいいはずの頬は真っ白に見え、儚さすら感じるほど。
炎山は額を押さえて息を吐き出す。
「熱斗」
ごめん。
炎山の言葉は子どもじみて聞こえた。
熱斗は目を見開いて、いーよ、と笑った。
「仕事、いいの?」
「いい。お前の方がいい」
『…やっぱり帰ろうよ熱斗くん』
「あははっ」
炎山の腕の中で、熱斗は声を上げて笑った。
それからロックマンと、「あっつい!」とハモった。
終
炎熱祭開催おめでとうございますv寒い話ですみません(笑)