朝景

「…」


 白々と朝が明けて行く。ダイニングの時計に目をやれば、既に針は6時半を過ぎた所だった。
 じっと座り込んで居た床から腰を上げ――日本家屋育ちのためソファーとかいったものに腰を下ろすのは慣れていないのだ――鷹見はバサバサと翼を動かしながら、ある一室へと向かった。


「おいチビ」


 一応扉の前で声を掛ける。とは言え、今までこの段階で部屋の主が返答してきたことは一度として無いのだが。


「むぅ…」


 扉に手を添え、ぐ、と力を入れた。抵抗感無く沈み込む手、毎朝自分の死を思い知らされる瞬間だが、今更そんな事はどうでもいい。戸板をすり抜け、床に降り立つ。以前強制的に片付けさせた部屋はまだ一応整頓さを保ってはいたが、また新たに取ってきたらしいぬいぐるみが数個、ベッド周辺に転がっていた。


「ぷぅ…ぷぅ…」


 イマイチよく解らない寝息が聞こえる。鷹見はふよふよとベッドに近寄ると、


「いい加減起きんかムーミン!!」


 いつものようにグーに結んだ手を振り上げ――


「たかみくん、…」


 不意に発せられた呟きに、鷹見は思わず腕を止めた。


「…」


 モコモコしたうさぎのヌイグルミを抱きかかえる太朗の腕に、きゅっと力が込められる。幸せそうな表情で夢の世界に浸る少年は、少なくとも自分と同年齢には見えない。


「ガキじゃな…」


 丸みを帯びた頬の輪郭と言い、同世代より小柄な身体と言い――どこか少女地味た容姿の太朗がこうして黙って、更にヌイグルミなんか抱えていると、まるで女の子みたいだと鷹見はぼんやりと思った。


「ふにぃ…」


 目の前にあるゆるゆるした太朗の顔が一層緩んだ。


「…何の夢見とんじゃ、チビ」


 普段見た事のない、カオだ。鷹見は振り上げていた腕を下ろし、太朗の頭にぽふ、と載せた。わしゃわしゃとかき混ぜると、ハネた髪が指先をくすぐる。
 大きな彼の手が頭の上を移動するたび、太朗は身動ぎつついくつか寝言を漏らす。小動物を相手にしている様な感覚に、鷹見は何やら満足げな笑みを浮かべた。
 ふと視線を送った先の目覚まし時計は、時刻が7時になった事を知らせている。


「ヌぅ…」


 口を引き結び、一旦彼は手の動きを止めた。けれど右手は先ほどまでの感触を求め、わしゃわしゃと太朗の頭を撫で始める。


「…仕方無いのォ…」


 小さく口角を上げて。





 鷹見はもう少しだけ、律義に時を刻む針を無視する事にした。











 太朗が知らない所で甘いと良いな…なんて。
 鷹見氏が屋根で寝てる設定を知らん頃に書いたのでおかしくてすみません…失礼しました!  




08,7,27