美しい日と




「みはしー」
 水谷が呼んだ声が空に吸い込まれた。
「は、いー」
 三橋の返事も同じように間延びして、のびやかに広がる。
 二人は屋上でフェンスに寄りかかっていた。三橋は前に寄りかかって眼下の景色を、水谷は後ろに寄りかかって空を、見る。
 爽やかな風が吹き抜けて、初秋の雲が少しだけ動いた気がした。
「なん、です、かー?」
 三橋が前を見たまま呼びかけると、水谷はふふっと笑う。
「なんでも、ないです、よー」
 三橋のマネーと言いながら水谷はますます仰け反って空を仰ぐ。
 前だったらそんな返答をされたら三橋は怯えていたかもしれない。嫌われているのでは、と余計なことを(本当は余計ではないのだけれど)考えては長い睫を震わせたかもしれない。
 でも今、三橋はそう言われてフヒッと笑った。顔を柔らかく歪ませる三橋特有の笑い方。
 横目でそれを見て、水谷はにっこり微笑む。
「いい天気だよねえ」
「そう、だ、ねっ」
「野球日和ですねえ」
「そう、ですねっ」
 そんな会話をして、二人は顔を見合わせるとまた声を上げてほがらかに笑った。
 時間がとてもゆっくり流れていて、遠く聞こえる鳥のさえずりや人の声が、聞き慣れているはずなのに美しいBGMのようだ。
 美しい。そう、美しい一日だ。
「そういえばさ、三橋」
「うひ?」
 水谷は大きく伸びをして、またフェンスに背を寄りかからせる。
 カシャ、と金属音がした。
「美しい、って言葉はね、文章語なんだって」
「ブン…?」
「あ、厳密には違うかもしれないんだけど、聞いた話ではね。美しいって言葉は日常生活で使うんじゃなくて、小説とかの中だけの言葉なんだって!」
「へえ…!」
 三橋は瞳をぱっと見開いた。それは事実への感心が半分、水谷への尊敬が半分というもので、水谷はそれをなんとなく感じ取った。
「水谷くん、す、ごい…!」
「え、やあ、オレがすごいんじゃないけど、でも、うれしいなあ」
 頭を掻いて照れくさそうに笑うと、水谷は空から視線をまっすぐ下ろし、校舎の向こうの景色を眺めた。
 木が生い茂る向こうに住宅地、ここからは見えない駅前の騒がしい界隈はもっとずっと先だ。
 屋上はどこまでものどかで、目をつぶると寝てしまいそうになる。欠伸はもう三度目。
「でもさ、三橋」
 ゆったりとした声に言われて、三橋は眠気で半眼になっていた目を慌てて開いた。
「オレ、今日ってすごく美しいって思うわけ」
 三橋は驚いて瞬間、本当に一瞬だったが眠気が吹き飛んだ。
 眼下に広がる優しい光景のすべてが、愛しくて大切で美しくて堪らない、そう思っていたところだったので。
「!う、んっ!」
 だから勢いよく頭を縦に振った。勢いよすぎてフェンスに頭が激突しかけたが。
 それに気付かない水谷は、三橋もおんなじか!と嬉しそうに笑った。
「だよね!だから、今日くらい美しいって言ってもいい気がして!」
「う、ん!」
「……」
「……」
「美しいな」
「うつくしい、ね」
 二人でほう、と感嘆のため息をつくと、また声を立てて笑った。
「うん、いいな、美しい!今度みんなにも言ってやろうかな」
 三橋は水谷の言葉を聞いて、野球部の面々が言われた姿を想像した。何故か真っ先に出てきたのは阿部で、半眼で「は?」と言ってきたので(想像なのに)三橋は身震いした。
 田島辺りならきっと面白がってくれると思ったので水谷に言ってみると、じゃあ今日の部活で言ってみような!と言われた。
「んじゃ練習しよっと」
 練習?三橋が首を傾げると、彼はまた空を見上げた。
 雲がゆるやかに流れる空に向かって。
「三橋はー美しいよー」
「!?」
 かあっと三橋の顔に熱が集まったのを水谷は見て、真面目な顔で本当だよ?と念押しした。
 三橋はわたわた慌てはじめたが、意を決したのか真っ赤な顔でこくん、と頷いた。
「あり…あり、ありが、と…ぅ」
 やっぱアイツらに言うのはよそう、と今更照れた顔で水谷が言ったとか、なんとか。
















相互記念に<黒白恋哀>の蒼井様に捧げさせて頂きます。リクは「ミズミハ」でした。


本当にお待たせしてしまいすみません!!
久しぶりに書いたらなんだか本当にほのぼのーになってしまいました…。
でもミズミハって、というか水谷ってこういうどっか肩すかしなことを言うのがすごく似合うキャラだと思ってるんですね。その後往々にして恥ずかしがるのですが(笑)


相互リンクありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願い致しますっ!




08,10,5