野球遊戯




 花井も苦労性だねぇ、と栄口に笑われた。
 何が、と返すと、またまたとぼけちゃって、とやっぱりその穏やかな人好きのする笑顔で言われる(多分三橋はこういう顔ができる奴が無条件に好きだ間違いなく好きだ)。


「あ、今三橋のこと考えたね」
「…だから何で」
「眉間にしわ寄った」


 自分の眉間をとんとん叩いて栄口は言う。ちょっと挑戦的で悪戯っぽい笑みが顔に広がるのを見て、この副主将はだから恐ろしいと、花井は苦虫を噛み潰したように唇を曲げた。


「だってさ、その右手の」
「あ?」
「さっきの話。花井が苦労性なことについて」


 栄口が指差す先には花井の右手。だらりと下ろされた右手の中には、白くてまるい、
 はあ、と花井はため息をつく。


「わかってるんだよ、馬鹿馬鹿しいって」
「いや別に。俺はそうは思わないけど」
「……そうか?」
「有効なんじゃない?三橋相手には、さ」


 ニコニコ顔で言われると何を企んでいるのかほとほと謎だ。けれど意味なく言葉を発する奴じゃないので、それなりに自分のこの行為を肯定してくれたんだろう。
 栄口は花井から少し視線を逸らし、花井越しに遠くを見た。それに気付いた花井が振り向くと、向こうから走ってくるエースの姿が見えた。
 くすり、と小さく笑う声がして。


「じゃあ健闘を祈るよ、キャプテン」
「…あー」


 栄口は三橋が気にならないように、ほとんど三橋を見ずにその場を放れた。花井と話していたのに俺が来たせいで…となるに決まっていたから。
 そんなの花井にだってわかっていたが、すんなりやってのける栄口にはかなわないといつも思う。
 すんなり。そう、そんな力があれば、こんな小細工せずに済むのに!
 …けれど、花井自身自分の要領の悪さを心得ていたし、何より体裁なんて構っていられなくなってきた。


「はな、い、くんっ」


 とてとて駆けてきた三橋は少し息が上がって、肩が上下している。
 高校生じゃないよなこれは、と複雑な気分でいると、はい、とノートを手渡された。


「あ、りがとう、ござい、まし、た…!」
「ああ、サンキュ」
「あの、その、の、ノートで、問題、解け、たよっ…!」
「よかったな」


 ぽんぽん頭を撫でると三橋はぼんやり花井を見つめた。どうかしたのかと花井が首を傾げた途端、三橋は真っ赤になる。
 今まで幾度かしか見たことのない、彼が穏やかに微笑んだ顔。
 勉強ができる彼が好きだ。キャプテンとしてみんなをまとめるかっこいい彼が好きだ。打撃も守備もすごい彼が好きだ。
 でも本当に好きなのは、(三橋自身気付いていないけれど、)三橋廉その人に対する花井梓だったりする。
 真っ赤になってしまった三橋を見下ろし困惑してしまった花井は、ようやく自身の右手に入っているものの存在を思い出した。三橋に対面すると三橋にしか集中できなくて困る。


「三橋、さ」
「うひっ!」


 ぼーっと赤くなっていた三橋はハッとして返事をした。声が裏返ったが気付いていない。
 花井はため息をつき――かけてすんでのところで止まり、三橋の眼前に握った右手を差し出した。
 開かずともわかるそれは、白くてまるい。


「…ボー、ル?」
「うん」


 三橋の瞳が輝くのを花井は見て取って、緊張をほぐすために小さく息を吐く。


「キャッチボール、しねえ?」
「!」


 途端に真っ赤だった顔が喜びで満ち溢れた。何度も何度も頷き、しかしあまりに嬉しいのか言葉が出てこないらしい。


「あっ、あの、あぅ、う…」
「昼休みに肩慣らし程度、なら阿部も何も言わないだろ」


 懸念材料は先に取り除く。阿部に見られたら絶対怒られるに決まっているのだが、嘘も方便だ。


「グラウンドの隅。行くぞ」
「う、ん!」


 心の底から嬉しそうに笑う三橋は確かに可愛いが、ちょっと妬ける。まだ自分は野球の魅力にはかなわないらしい。
 栄口といい阿部といい、野球といい。かなわないものばかりだ。


 ――…て、今はそうじゃなくて。


 三橋に差し出した右手を開くとボールの全身が現れる。


「ん」
「ありが、とうっ」


 三橋は花井の手からボールを受け取ろうとした。そういう意味だと思ったからだ。
 けれど三橋の手がボールに触れる直前、花井の手が傾き、ボールが落下し始めた。


 ――あ、れ?


 目で軌道を追うと、ボールは重力のままに真っ逆様――だったが、花井の左手に受け止められる。


 ――よかっ、た。


 ほう、と息をつくと、三橋は花井を見上げた。それからゆっくり視線を落として、花井からボールをもらおうとした形のまま止まっている自分の手を見る。
 ボールをつかめなかった手は、彼の手に優しく包み込まれていた。


「…ぇ、」


 驚いて顔を上げると、彼は顔を背けてしまっていて。その横顔がとても、とても赤くて。
 でも、確かにぎゅっと、三橋の手を握ったまま、で。
 これはつまり、、、?


「はない、く…」
「あー!行くぞ!」


 時間ないんだから!
 苦し紛れにそれだけ言って、花井は三橋を引きずり走り出した。











 背後から「うわあ!?」という声が聞こえたがとりあえず無視、無視!


 廊下を走っているのでそりゃあもう他の生徒の注目の的になっていたがそれも、無視!


 ……視界に入ったタレ目キャッチャーだとかも、とりあえず今だけは見なかったふりをして!








 ただただ、今は。








 握った手ににじむ汗と、熱と、びっくりするくらい大きな心臓の音に耐えるので精一杯だ。
















相互記念に<腰元しっかり>のきなまろ様に捧げさせて頂きます。リクは「両片想い甘酸っぱいハナミハ」でした。


ていうかリクエストにまるで沿っていないですきなまろさんごめんなさいー!(土下座)
あま…甘酸っぱいって、何…?ちょっとすみません甘酸っぱい探求の旅に出てきます南の方に。
わかりにくいので補足しますと、ボールを渡すふりして手を握りたかったんですキャプは。恋愛感情を自覚しているのは花井の方が強くて、三橋はまだちょっと憧れとの間をふらふら、な感じ、です…。
ていうかよく考えると両片想いかなコレorz


返却OKです!せっかくの素適リクに応えられずすみませんでした;

相互リンクありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願い致しますっ!




08,5,2

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