悔しい、のとは。
少しだけちがう。






1センチ。






それはただの、違和感。
ちょっと前をふらふらと歩く、色素の薄いふわふわの頭の。その、




「んん?」




小柄な身体に見合う比較的小振りなアタマをくいっ、と傾けて、田島は怪訝な声を出す。
練習もひと区切り。休憩を挟んだ全体練習が楽しみなのか、斜め後ろから見えるエースの横顔は疲労を覆う様にいつもの滲み出るみたいな笑みが浮かんでいる。
それは普段通りだ。
ただ。


ととっ、と少しだけ早足になって、さっきよりも三橋に近寄る。違和感の元、彼の頭をじぃっと見たまま。




「……何だアレ。」




グラウンドのド真ん中、よろよろ歩くエースの背中に張り付く様に、しかもその脳天だけ凝視しつつ変な格好で歩く五番の姿はかなり異様だ。
訝かしむチームメイトなど気にする事なく、しばらくの間田島はそんなことをして、不意に。




「三橋ってさぁ、何センチ?」
「ぅ、わぁっ!?」




今の今まで、背後に田島が居る事にまるで気付いていなかった三橋は、唐突に、しかも結構な声量で投げ掛けられた質問に文字通り飛び上がり――着地に失敗してまともにずっこけた。




「ぅぶっ!」
「あ、ごめんごめん」




大丈夫かー、と笑いつつ尻餅を突いた三橋に手を差し延べる。数秒程キョロキョロしてから、ようやく三橋はその手を掴まえた。
ホームベース側から妙なオーラが漂って来ているのを無視して、よいしょ、と田島は三橋を引っ張り上げる。勿論一人でなんか無理だから、三橋が立ち上がろうとするのに合わせて、だ。




「あり、がと……っ」
「どーいたしましてっ」




そもそも田島のせいで転んだのだからその会話は違うだろう、とツッコミを入れる人間は残念ながらこの場には居なかった。
ぴょこん、と目の前に並んだ三橋を見て、田島はそうだ、と声を上げた。




「三橋って、さ。何センチ?」
「へ、」
「身長身長」




三橋の頭の高さに手を水平に振って、背の高さだよ、と言う。三回くらい瞬いて、その間五回くらい「えっ、と」を繰り返して。




「ひゃ、ひゃくろくじゅう…ご、」


「――」




(……ひゃくろくじゅう、ご)


口の中でオウムみたいに繰り返す。
もやもやが多分、スッキリ、晴れた。




「、センチ……!」
「ん、そっか!」




律義に単位を告げる三橋に、田島はにかっと笑った。
そうだ。単位は高々センチメートルなのだ。




「田島っ、くん、は……っ?」
「オレはね、164…」




そう。高々、1センチ、だ。指先ちょっと、だ。




「センチ……!」




口調をわざとらしくなぞって、三橋のマネ、と、笑う。
うひ、と三橋が釣られた様に顔を綻ばせたのはきっと、自分の方が背が高いって知った、から。多分それが七割。
瞬時に、無意識に内訳なんて弾き出してしまって、けれど田島は楽しげに笑う。


悔しい、のとは違う。
喩え身長、だなんて些細な事柄でも三橋が笑うきっかけになるなら、自分が劣っていたって構わない。


(だけど、……ん?そーでも、無いか)


ふわふわの、いっそヒヨコでも乗っかっていたらそれはもう違和感の無いだろうお日様色の頭を見ながら。




「みはしぃ、ベンチ行こーぜっ」
「う、ん……!」




俺もう喉カラカラ!と歩き出した田島に、三橋もほてほてと横並びになって足を踏み出す。オレ、も!と、はにかむカオは誰が何と言おうとやっぱり可愛いなぁ、と思う。




けれど、1センチ。
別にその差が悔しいのでは無くて。




「オレさぁ、」
「う、ひっ?」
「ずっと三橋より背、高いと思ってたんだよなぁ〜」
「ぅえ?」




初めて会った、あの日。
今隣に居るエースは誰よりちっさくて、だけど今は。


(それは、多分)


最近感じ始めてた、違和感。
一番最初は、確か、初めて三橋と組んで投球練習をした、時。
それは、




「背筋、伸びてるからかなっ」
「え……ぉ?お、オレ?」
「そーそー」




キョロキョロ彷徨う視線が楽しくて、可愛い。ためらいがちに自身を指差す三橋に、頷いた。


(可愛い、けど。)


違うのだ。
マウンドの上の『エース』は、その証の背中の『1番』は。
それはもう、酷く。
…格好良いのだ。


彼が背中を見せる瞬間、それは怯えなど躊躇など何処かに忘れてきてしまったみたいに、頼もしい。
綺麗なフォームは普段の縮こまる姿と比べてまさに別人。
それは別に構わない、けれど。




「やっぱ悔しい、かなー」
「ぇ、う……、ご、ごめ……」
「ちがうちがう」




そうじゃなくてさ、と。
きょとん、と首を傾げた三橋に、やっぱりなんでもない、と笑って見せる。


そうだ、
マウンド、と、普段、と。
徐々に縮まっていく、その落差。
それを可能にしているのは――





「コラ三橋!ちんたら歩いてんじゃねぇよ!」
「ひぃ……ッ、ご、めんな、さ」
「なんだよ、怒ることないだろー」
「てめぇも同罪だ!」
「まぁまぁ、」
「それよか早くしねーと、」
「モモカンが、」
「んふふ〜っ。もう遅いわ♪」
「うげっ……!」






ビリビリと痛む尻をさすりつつ、はふ、と田島は息を吐く。
仲良くケツバットを食らった三橋は現在、水分補給しつつ正捕手と打ち合わせの様だ。相変わらずキョドった態度はそのまま。けれどその姿勢が前よりずっと良くなっているのを、自分だけは知っている。




「うーん……」




悔しい、のとは少しだけ違う。
そうこれは。


(嫉妬、だよなぁ)


しかもこの西浦ナイン全部に対して、なんて、呆れるほどに無差別な感情。


高が1センチ。でも。
それを気付かせるきっかけが自分も含めたナインの存在だなんて、何だか無性に悔しいのだ。





「……」




キャプテンが呼ぶ声がする。呼ぶ、というよりかは怒声に近かったのだけれど。
田島はまるで気に掛けていない様にのんびりと立ち上がって、傍らに在ったくたくたのグローブを指先に引っ掛けた。




「ヤッベ……、」




既に他の部員たちはほとんど守備位置に付いていて、頭を掻いて走りながら、けれど三橋とすれ違う位置を迂回するのは忘れない。睨み付ける捕手など、気にしない。
また頑張ろーな!肩を叩いてすれ違って。




「三橋…っ!オレさぁ、」
「え……な、に…っ?」




きょと、と振り向いた三橋を、田島も足踏みしつつ、顧みる。




「牛乳いっぱい飲むからな!ゲンミツに!!」




ぐぐっ、と親指をおっ立てて、宣告。




「ぅ…っ、ウン!」




パチパチと瞬いて、僅かながら首を傾げて。
それでも頷いてくれる大好きなエースに、田島はとびっきりの笑顔を向けた。





それが喩え自分にとって、天賦の才能で無いのだとしても。
努力、しよう。





……いとしいあの子に負けないように。











恐らくタジミハで定番と思われそうなネタですが、一回はやってみたかったので…
1cm差はやっぱり運命だと信じてます。
でも入学時計測なんだし、今は田島も165くらいなんじゃないの、と期待中。
読んで下さりありがとうございました!!



07,9,29

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