ベッドの上で、思うことには
交わった後の身体のだるさはいつものこと。ただ、熱い身体と上がったままの息は余韻となって、今までしていたことを記憶として脳髄に染み込ませる。
上げていた腰を下ろすと、目の前に仰向けになって横たわった少年はゆっくり目を開けた。いかにもだるそうなのはこちらも同じ。
ただ、彼の方が絶対的に疲れているのを俺はよく知っている。知っているだけ、だけれど。
そりゃそっちの立場になったことなんてないんだから当たり前で、むしろ「わかるよ」なんて理解者ぶった言い方は失礼なんじゃない、って思ったりする。
ま、三橋のことだから俺の心の中の葛藤まで頭が回っていないんだろうな。だからこれは馬鹿馬鹿しい議論なんだけど、これが俺のスタンスなので仕方ないって割り切ることにしている。
三橋は焦点の合わない瞳で俺を見上げ、ぼんっと湯気が出そうなくらい赤くなった。
別に初めてじゃないんだから、そろそろ慣れてもいい頃なのにね。
俺はいつものように微笑みかける。三橋が大好きだって言ってくれる顔で。
「大丈夫?」
「う、ん…!」
首が取れそうなくらいぶんぶん振って頷く。三橋の目線がゆっくり下に下りていって、そのある意味散々たる状態に赤い顔が青くなった。むしろ男としては赤くなってほしいものだけど、三橋はこの行為に今でも罪悪感を――俺に対して――感じているみたいだから、必然的にこうなってしまう。
そんなとき言うのは決まって、
「ご、ごめんなさ…」
「謝らなくていいよ。悪いことじゃないんだから」
世間一般の見解からしたらすごく悪いことなのかもしれないけどね。
でもそれは言わない。
身を乗り出して三橋に覆い被さるような体勢をとる。三橋の目がまんまるになって、え、またやるの?とでも言いたげに口をぱくぱくさせた。
「それ、誘ってる?」
「…!」
驚き顔がまた真っ赤になった。
唇がへにょ、と歪んで眉が下がる。あからさまに困ってる顔だ。
「さっ、さそっ…」
「もう一回、やる?」
「!」
頬に手を沿えてにっこり笑う。三橋は悔しそうに目をそらした。反抗的な三橋はそれはそれでかなり可愛い。
男としてのプライドだって完全には捨て切れていないだろう。それでなくてもねだるなんてことに慣れていない三橋は、なかなか自分からこういうことをしたいって言い出してくれない。
ただ、俺に了承するだけ。してもいい?って聞くと恥ずかしそうに俯く。そのまま動かなくなってしまうので、みはし、って名前で呼ぶと、何も言わずに身体を預けてきたり潤んだ瞳で見上げてきたりして。
だからたまにはこうやって意地悪してみせる。そうやってばかりだと、ときには損するかもよ?ってね。
三橋はそらした目を俺に向けて、口を尖らせる。それですら誘ってる風に見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
「さかえぐち、くんは」
「うん?」
少し間を置いて。
「なんで、こんな、こと、知ってるの…?」
こんな、こと?
言っていることがよくわからない。こんなことってどんなことだろう。
俺が何も言わないで考え込んでいると、三橋は恥ずかしそうに気まずそうに、投げだされた足をもじもじさせた。赤い跡と白い液体が彩る肢体をよく見せるように。
いや、だから、これって誘ってるんだよね?
「だって、おれ、知らなかった、から」
なにを?
三橋は泣きそうになりながら、両拳をぎゅっと握った。
「栄口くんと、こういうこと、するまで」
「あ、」
そういうことか。
どうやら三橋はこの行為のことを知らなかった、と言いたいらしい。言葉が足りないから推測でしかないけれど、その存在をというよりは、そのやり方的なことを。
三橋は昔友達がいない時期が続いていたし当たり前かもしれない。普通なら男同士の会話に出てこないことはないはずだから、知らないってことはそういうことなんだろう。
それ自体がどうこうってわけじゃないけれど、俺がぜんぶ教えたっていうのは、ちょっと嬉しいかな。子どもの独占欲に過ぎないかな?
「年頃になるとさ、そういう話になったりするんだよ」
「…ともだち、と?」
あくまでにこやかに頷く。誤魔化しはしない。三橋に友達らしい友達がいなかったことを突きつけているのと同じだと言われようと、その事実を俺は否定しない。それがあるからこその今、を大事にしてほしい。
三橋は目を伏せた。三星にいた頃のことなんかを思い出させているならちょっと失敗だったかもなんて矛盾したことを思う。
だから悔し紛れで、どうでもいい話につなげてみる。
「あとね、やっぱり好きな子がいたらさ、痛くしたくないじゃない?」
「いたく…?」
「そう。こういうことするのって、相手が大好きだからなんだけど、でもどうしても痛いから。三橋も、いっぱい泣いてただろ?」
目元に残る涙の跡をなぞる。泣き顔まで可愛いのは反則だと思った。でも可愛くなくてもきっと夢中でしょうのない俺は、可愛いって言ってのけるんだろうけど。でも、実際可愛かったのだ。
三橋は言葉に詰まってなすがままにされた。このままもう一回なだれ込めそうだな、なんて不謹慎なことを考えて苦笑する。
不謹慎なんだけど意外と本気だから、困ったもんだよね。
だからまだどうでもいい話は続く。頭の隅に残ってる、友達と話したくだらない話を少しずつ引っ張り出して、三橋に語ってやる。いつか飽きて、俺の相手してくれるかなと思いながら。
ほんと、最低の寝物語だね。
「それから子どものこととかね、考えたり」
「赤ちゃん…?」
「ほら、このくらいの歳で子どもできたりしたら大変だからさ。みーんな、けっこう考えてるんだよ」
「う、お、おれ、」
ふわり、と、三橋の硬いてのひらが俺の頬に添えられる。
あたたかい。これは、三橋のあたたかさだ。
三橋の。
「だけどおれ、こども、産めないから」
「それは」
「おかあさんには、なれない、よ」
知ってるよ。言いかけて、やめた。
三橋が男だからっていうのはどうでもいい。多少悩んだ時期もないわけじゃないけれど、今更、で片付いた。そんなことは俺にとって重要じゃなかったからだ。一番大切なことは俺自身の気持ちと、三橋の気持ちだった。今でもそれは変わらない。この子が俺といっしょに幸せになってくれるなら(俺と、ってところが独占欲剥き出しだってのは気づいてるよ)、なんだって乗り越えられる。
でも、
おかあさんには、なれない、よ。
かあさん。
――勇人。
「さかえぐち、くん?」
「!」
三橋のまるい瞳が母親にダブって見えて、頭を鈍器で殴られた気がした。それで身体の重心が揺らいだ。
今のは一瞬の気の迷いでしかないのだろうか。三橋を死んだ母親に重ねてるって?まさか!
かあさんは俺の中では「普通のこと」だった。かあさんの死が、と言った方が正しいんだろう。別によくある話だし、無駄に同情してほしいわけでもない。
だた、俺はそれを、当たり前として受け止めていたかっただけなのかもしれなかった。
弱く見られるのが嫌だとか、後ろ向きな自分が嫌だとか、理由は深層心理で海の底、だけれど、とにかく平気でいたかったんだと思う。悲しかったけれど、それ以上に怖かった。それによって変わる何かが。
たぶんその何かっていうのが自分自身だっていうのに気づいたのは、ずいぶん後になってから。具体的にいつかなんてやっぱりわかるはずもない。
あのひとは俺にとって救いだった。だからそれを失って自分が少しずつ現実に狂っていくのが怖かった。三橋も大事だ。だから、かな。そうなんだろな。
でも、それは悔しいな。
「は――っ…」
「だ、だいじょう、ぶっ?」
大きくため息をつくと、三橋が心配したように俺を見る。
大丈夫だよって言ってあげたかったけれど、今の俺にはそれができない。あんまり大丈夫じゃないからだ。
なんていったって、お前のことが好きなのは母親に似てるからとか、そういうかなり失礼なことだからかもしれないんだよ。三橋。
嫌だと思う。それは。誰かの替わりで好きになられるなんて、拷問でしかない。それも母親って。どんだけマザコンなんだ。
三橋だけを好きでいたかった。好きでいたいんだ。かあさんは確かに大切だけれど、好きなのはこの子だけでいいんだ。愛してるって言葉はなんとなく空虚だから使いたくないけれど、もしそれが正しいならそれでもいい。俺が愛してるのは、三橋だけなんだよ。
なのに、好きな子を抱いた後に考えるのが死んだ人間のことだなんて。
三橋は誰かに想ってもらえることをすごく喜ぶからそんなこと気にしないんだろう。むしろかあさんと同じって言われて喜ぶかな。でも、俺はつらい。
同じ「好き」じゃない。絶対違うのに、どうしてこんなに迷わなきゃいけないんだ。自分が理由集めに必死な理由からしてよくわからない。
「さか――?」
目の前に三橋の唇があったので、名前を完全に呼ばれる前に塞いでおいた。
「んっ…!」
蕩けそうにやわらかい唇は簡単に開いて、口内に舌を招き入れる。そう、三橋ってこういうとこ、誘っているようにしか思えないんだよね。嫌がらないとかじゃなくて、どんどん奥に来て下さいと言わんばかりの行動なんだ。
それじゃ、遠慮なく。
逃げ遅れた三橋の舌を絡めとって、味わう。唾液の味しかしないんだけど、すごく甘い。理屈じゃないんだなっていつも感じる。
ゆっくりゆっくり。俺は絶対暴走したりしない。溺れてる自覚はあるけど、自分を見失って三橋を傷つけたりしない。
「ん…あ…ぁ」
口の隙間から嬌声が漏れる。あれだけ喘いでも声はきれいなままなんだから三橋ってすごいかもしれない。それがまた、すごく、そそるというか。
冷えてきていた身体がまた熱を帯びてくる。身体全体が熱くなって、中心に熱が籠る。
三橋の表情から嫌がっている風には見えない。だが、ちょっとまだ抵抗があるみたいだ。二回目もやるってことに対して。
だから、ここで必殺技。
「れ、ん」
「!」
二人きりのときだけ使う呼び名。前にレンレンって呼んだら怒られたので。
三橋はこれで機嫌をよくしたのかなんなのか、まだ多少しぶっているのだろうけれどふわりと微笑んでくれた。
「ゆーと、くん」
――勇人。
「…――」
ああ、まただ。
なんでだよ。どうしてなんだよ。
八つ当たりじゃないけれど、キスを深く深く、三橋が呼吸困難に陥りそうなくらい深くした。ちょっとびっくりしてる。当たり前だ。
名前で呼ばれることはあまりない。父親は子供思いの人ではあるけれどそんなにしょっちゅう俺のことを名前で呼んだりしない。最近は特に。だからたぶん、俺の記憶の中での名前呼びは、かあさんの思い出なんだろうけれど。
でもさ、何やってるんだよ。本当に。何やってるんだよ。
「みはし」
それで、何の臆面もなく、
「俺と三橋が結婚したらさ」
「ふへ?」
「俺のこと、栄口くん、で通してくれる?」
勇人は、恥ずかしいよ。だからそれは、ふたりきりのときだけ。
なんでそんなこと言えるんだろう、俺は。
言ったら君は顔を赤くして、それでもはにかんで笑ってくれた。
ごめんね、三橋。心の中で謝る。
むしろ「ごめん」なんて偽善者的な物言いは失礼だとも思うんだけれど、三橋のことだからわからないだろうな。でも、これが俺のスタンスなので仕方ない。
仕方ないと思いたくないのに、仕方ない。
三橋はキスをやめた俺の目を覗き込んで、不思議そうに口を開いた。
「じゃ、じゃあ、おれも?」
「なにが?」
「おれの、も、呼ばない?」
廉、と。その名を。
それは。
「恥ずか、しい…?」
ただただ不思議そうに尋ねる三橋に言葉を失う。
…それはさ、三橋。
いい質問、だね。
「あーあ!」
「!?」
突然大声を出したら三橋はびっくりして目を大きく開いた。俺は普段からこういうことをしないので当然か。というか、至近距離だから当たり前、かな?
そして三橋を抱きしめる。まだ火照ったままの身体をくっつけて、ぬいぐるみでも抱いてるみたいにぎゅっと。安心する。
「それは、いやだなあ」
その愛しい名を呼べないのは。
三橋は本格的に混乱し始めたらしい。また困り顔に戻ってしまった。
その顔も好きだけど、いつまでも見ていたいものじゃない。
「廉」
「う、お?」
「やっぱり勇人くんでいいや。っていうか、その方がいいや」
「そ、う?」
「うん」
自分だけ呼ばせてもらうのは悪いしね。
だから、ってわけじゃないけど、やっぱり俺の名前、呼んでくれないかな。
俺が呼ぶならお前にも呼んでほしい。おかしな話だね。
かあさんがどうとかじゃなくて、なんだかそう思ったんだよ。廉って言ったら、勇人って返してほしいんだ。
俺達のしていることでは子どもを得ることができない。三橋はおかあさんには決してなれない。
だから。だからさ。
俺は、お前の言う「ゆうとくん」で、本当の栄口勇人になるから。
俺の言う「れん」は、どこまでも三橋廉であってほしい。
どこかすっきりしてしまったので、へへっと笑うと、三橋はうひっと笑い返してくれた。
「廉」
「……」
口を開いたまま三橋はちょっと押し黙り。
「……ゆうと」
言ってから後悔したように手に顔をうずめる。指の隙間からのぞく顔は真っ赤だ。
この子のお誘いにはきちんとのらないと、ね?
「そっか。じゃ、もう一回」
「…へ!?」
唇を重ねて、また、身体を重ねた。
疲れて深い眠りに落ちる直前に聞いたのは、確かに、俺の廉の声だった。
ゆうと。だい、すき、です、よっ。
終
わけわからない中途半端なエロですみませんどうも。
またおかあさんネタで書くとは思いませんでした…。それもこんなわけのわからないフィーリング話になるとも思いませんで。
三橋のことを好きなのは他の誰かに重ねているから、って思いこんだらそれは悲しいかなと。でも、本当は替わりなんじゃなくてどっちも大切にしたい存在なだけなんだよね。栄口くんはそれをよーくわかってて、自分の中で答えは先に出ているんだけどどうもまだぐるぐるしちゃって…という感じでした。わかりにくっ!
栄口くんの様な子が「俺の廉」発言をしてくれると萌えます。ちゃんとお前は俺のだから、みたいな。
空月がこういう神経しているのでうちの泉や栄口は比較的我が道を行くタイプなんだろうなと思います…。
読んで下さってありがとうございました!
07,10,16
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