頼むからあんただけは幸せになってくれ






膝の上の拳をそれは強く握った。手のひらに決して長くはない爪が食い込み、汗がにじむ。
利央と三橋は向かい合って座っていた。かしこまって…というよりは緊張のために正座で。二人とも互いのことはちっとも見ず、正座した膝の上の両拳に視線を落としている。
このままでは非常にまずい、と利央は感じていた。好きな子を、部屋に連れ込んだのだ。なんだかいろいろ、非常にまずい。
三橋はどう思っているのだろうか。一応曲がりなりにも「付き合っている」とかいう状態にあるのだから、多少は意識してくれているのだろうか?わからない。…さっきから顔を見ていないので。
利央は頭を掻いた。柔らかな髪が汗ばんだ手に貼りついてすぐに後悔。
そういえば三橋の髪は利央のものによく似ているのだった。ふわふわした、色素の薄いそれ。そんなことを思うだけで笑みがこぼれる。



(でもそんなことより、早くしないと三橋きっと泣くだろうし、それは嫌で、だからってそんな、手を出すとかそれはまだちょっと早いんじゃ)



考えこんでいると頭が混乱で沸騰してきた。利央は眉をひそめて唇を噛みしめうーんうーんと唸る。腕組みでもすれば様になったのだろうが、膝の上から手は動かず妙な図になっている。
それは勘違いを勘違いで重ねる三橋のような人間にとっては誤解を引き起こしかねないものだ。ただ幸か不幸か今三橋も利央のことを見ていないので、無駄に卑屈にならずにすんでいる。
かちり、かちりと掛け時計の音が聞こえはじめ、さすがにヤバいよと利央は冷や汗を垂らす。この音は静かすぎるとよく聞こえてくるのだが、急かされているような気分に陥る。そしてだいたい負ける。
もっと恋人どうしらしく過ごせないものだろうか。カッコつけたいわけじゃない。三橋とのんびり笑い合って、ひっつき合って、いろいろ話す。いや、話さなくたってよかった。恋人らしく幸せならば。



(でもそれってカッコつけ?)



世間一般的な恋人らしさを求めるって、カッコつけてることなんだろうか。何に対して?三橋――ではなさそうだ。
それならあとこの場にいるのは自分のみ。ああそうか、俺ってば自分にカッコつけたかったんだなあ、オーケーオーケー、と妙に納得した。少しだけ、気が楽になった。
瞼を震わせて三橋をちらりと見る。三橋はまだ膝の上の拳を見つめるのに夢中で、利央の動きには気づいていない。
だから、気づいてくれないかな、と思った。



(気づけ、気づけ、気づけ…)



細い身体が震えている。寒いのかと利央は心配になり、しかし暖房は効いているはずで、もしかしたら武者震いかと嬉しくなった。



(気づけ、三橋、気づけ、レン…!)
「……」
(気づけ、気づいて、……気づいてください…ってば!)



だんだん、ヤケになってきた。



(何で気づかないのかなレン、ひょっとして俺のこと嫌いなのかなぁ…いやいやそんなことないそんなことだからねーねー気づいてよレンだって俺お前のこと、)
「ぁ…のぅ…」
「大好きなんっ」



なんとか言葉を絞り出した三橋は、利央の声に顔を上げた。
そこには自分と同じ髪の少年が、泣き笑いのようなヘンテコな顔で真っ赤になって、固まっていた。







07,12,11

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