隣にいることまで奪わないで






いつも通りに、キャッチボールをした。




「もう一球」



阿部が三橋にそう声をかけ、腰を上げ白球を放る。白球と言ったって、もう大分薄汚れているのだけれど。
練習の疲れを感じさせない球威が三橋のグラブに収まる。三橋はじっとボールを見つめ、震える手で握りしめると投球フォームに入った。
三橋に見つめられると阿部は的となる。それは野球部内での阿部の役目だからいつだって変わらない。自分は三橋のキャッチャーだから。
だから今が――想いを告げた時から24時間を過ぎた今が――どれだけ気まずかろうと、三橋が投手であり阿部が捕手なのは変わらない。



――気まずいわけじゃ、ない。



昨日の夜の静かな電話口も、今朝部室で会っておはようと言った時も、普段と何ら変わらなかった。三橋はうろたえている自分を隠せるほど余裕がある人間ではないから、多分、それほど慌てていないのだと思う。本当に。
阿部は三橋からまっすぐ飛んできたボールをミットへ収め、小さく頷く。ボールに伸びがあって、調子がいい時にする無言の了解のようなもの。それも、「普段通り」を阿部へ強要する。



「う、ひ」



三橋はそれを見て、ヘンな声を出して小さく笑った。デジャブみたいだ。阿部は思い、座り直すふりをして考えを振り払った。馬鹿だな俺、いや知ってたけど、と心の中で呟いて、三橋へボールを投げ返す。
繰り返し繰り返し、白球が二人の間を行き交う。
昨日のこの瞬間、あったことなど。
このまま、このまま。このまま消えてくれれば、きっと。
三橋の「まっすぐ」がミットに決まる。阿部は三橋をちらりと見上げた。



「ナイスボール」
「う、ぉ」



三橋は何もなかったかのように、笑った。
阿部は唇を噛みしめた。





――いつも通りに、キャッチボールをしたんだ。







08,3,2

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