彼女が選んだプロローグ
何も考えられなかった。
ただ、逃げなくてはならなかった。
それは彼らからはもちろん、「彼」からであったし、生まれ故郷からであり、無理やり作り出した居場所からの逃亡でもあった。
けれど、よく考えるとこれは、自分から逃げているんだ。
走る。
雨がざあざあ降っていて、道のりは険しく、強く前へ踏み出そうとするたびに転んで傷をつくった。
顔を上げ前を見つめても、深く生い茂る草木が邪魔をするように何も見えない。辺りは暗く、化け物でも現れそうな雰囲気を宿している。
身体が重い。頭が機能を停止しそうになり、瞼が閉じようとする。
それでもまた走り出す。
決めたから。
もう、三橋廉は――死んだから。
何も考えられないわけじゃない。
考えることが多すぎて、頭がパンクしていた。
これまで生きてきてこんなに考えたことがないというほどに、三橋は考えて、考えて、今に至る。
怖いか、と問われれば、とても怖かった。
まるで生まれたての赤ん坊のように、何もないところへ向かっているのだから。
けれどなぜか、それは生まれ持っての性格によるものなのか、三橋は悲痛な叫びを上げつつも同時に心のどこかで奮い立つ何かを感じ取ってもいた。
“想い”が存するのは頭か、心か。そんな議論をぼんやり思い出す。
結局頭なのだろう、今こうやって胸元を握ったところで、想いは壊れないのだから。
ただ、もつれる足を回転させて、目的地へと向かう。
そこに何が待っていようと、自分は戦わなければならない。
それが、三橋廉の、運命なのだから。
…自分で、そう、決めたから。
07,12,25
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