夕間暮れ(巣ミハ)


帰り道の三橋は俺を見ない。


「三橋」
「ぁ…」


口から漏れる小さな声。(悲鳴?気づき?拒否?)
瞳は此方を向かない。三橋の瞳が見ているのは…どこだ?(暗い。暗いから見えない)
三橋は黙ったまま歩く。てくてく、カバンのヒモをぎゅっと握り込んで。
三橋が乾いた唇を舐めると、赤い舌が覗いた。


「三橋」
「…な、に?」


肩に手を置いて力を入れると、驚いて此方を見た。
琥珀色の瞳が夕焼けに映えて、炎を宿したみたいだった。


「キスしたいよ」
「――、」


瞳が揺れて、そっと閉じる。


次開くときは、日が落ちてる、はず。





(見たって見えないから見ないんだ、だって暗い、微妙に)








夕電(ハナミハ)


ぅわっ。


三橋がしがみついてくる。タコだらけの指がシャツを握りしめた。あぁ、しわになる な。


雷、苦手か?


俺の質問に何度も頷いて、怖いもの見たさか窓をちらりと見る。
がたがた震える手を上から握り込むと、余計に震えられた。


大丈夫だって。
う、ん。
嫌だよな、まったく。


そんなこと本当は全く思ってないんだ。三橋が、こうして弱々しく頼ってくれるから。本当は弱くなんてないコイツが、まるで無力みたいにすり寄ってくるから。


でもさ、


俺のこと、好きでもないくせに。





たまには雷も、いいんじゃねーの。





(びしゃーん。がらがら、どーん)








夕占(西ミハ)


みんなみんな、三橋が好きだ。


『三橋のことが好きなんだ。でもどうすりゃいいのか…』
『真剣なんだよ?だけどほら、三橋ってああじゃないか』
『どうもしない。何もしないけど、言い寄る他の奴らは許さない』


気弱に、真面目に、眼光鋭く。
みんなが言うけれど、とりあえず俺は笑って言う。


『うまくいくといいね』


「きっと駄目だよ。無理」


三橋がこっちを見た。何を言われたのかわかっていないみたい。
ぽんぽん頭を撫でてやって安心させてやる。
ちくりと胸を刺すのは罪悪感なんだろうか。なんだろうな。





みんなみんな、三橋が好きだ。
勿論俺も。





(本当のところは、三橋にさえわからないんだから)








夕化粧(タジミハ)


面白いもの見せてやる、と田島に言われ、三橋は道の端にしゃがみこんだ。


「いいか?コレ!」
「うおっ!」


田島が手にしたのは白い小さな花。季節が終わりなのか大分しおれてしまっている。


「…じゃなくて、コレ!」
「おおっ!」


その隣の、同じ白い花の花弁を数枚身に纏った散りかけの花。
田島はその花を引っこ抜くと、残っていた数枚を取っ払って三橋に突き出した。


「?」


不思議そうな三橋に、にぃと笑って。


「どーん!」
「ふおっ!?」


花の真ん中の種を思い切りよく潰すと、三橋の顔に向かって白い粉が飛んだ。
混乱してケホケホ言う三橋の顔を覗き込む。


「ごめ、だいじょぶ?」
「ふー…」


目尻にうっすら浮かんだ涙に、不思議な気持ちが浮かぶ。


――あれ、なんか。


「みはし」
「うひ?」


口を開いた瞬間、またオシロイバナが、ばふっと揺れた。





「「げほごほっ!!」」





(洗ったら消えるだろう。忘れないならそれでいい)








夕月夜(サカミハ)


激戦の夏が終わった。あんなに疎ましかった暑さは一気に退き、まだ寒くはないものの長袖に腕を通す季節がやってくる。


「お疲れ」
「おーお疲れー」


口々に言い出すのは本当に疲れたからというより、秋の寂しさに負けて、である。
帰ったら夕食の用意かな、なんて考えていると、ユニフォームの裾を引っ張られた。


「?…三橋?」
「ぁ、うん…」


三橋がちらりと後方に目を向ければ、心配そうに此方を見る保護者たちの姿。
泉が頭を抱えた。口の動きが、「そこでこっち見んなって」と言った気がした。


「あの、あの、ね…」
「…うん」


三橋が一生懸命紡ごうとする言葉に耳を傾ける。涼しい秋風が頬を撫でる。


「いっしょ、に、か、かえ、」


視界の端に月が見えた。


「うん」


ユニフォームを握った手を上から包み込んで、笑う。





「いっしょに帰ろう、か」





(秋はさみしい。でも月が出る)








01:夕間暮れ    夕方の薄暗いこと

02:夕電(せきでん)夕方の稲光 儚いもののたとえ

03:夕占(ゆうけ) 夕方、町の辻に立って道行く人の言葉を聞いて吉凶を占うこと

04:夕化粧     オシロイバナの異名

05:夕月夜     月の出ている夕暮れ(秋)









08,5,6

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