はんぶんばかり







ズコー。


少々耳障りな音を立てて泉はコーヒー牛乳を飲む。普段は牛乳だけれど、たまに飲むとうまい。ちょっとほろ苦い味がするのが好きなのだ。
泉の視線はじっと目の前の二人に向けられている。田島悠一郎と、三橋廉。田島が三橋の弁当を覗き込んでいた。


「みはしー、それナニっ?」
「ぎょっ」
「ギョッ?」


三橋は数回口を開閉する。音は出てこない。だから何もわからない。はず。
泉はぼんやり二人を見やる。
田島は目を輝かせて「ギョッ」とやらを見つめた。


「へーこれ餃子かー!すっげー変わってる!すっげーウマソウ!」
「うひっ」
「なーなー、いっこちょーだい!」
「田島、練習中に三橋が腹空かせるからやめろよ」


泉が、箸を餃子へ一閃させた田島の手首を掴む。箸は餃子まであと数センチというところで止まり、三橋はほっと胸を撫で下ろした。田島に餃子をあげること自体は嫌ではないが、正直食べ物を取られると悲しい。三橋の方が大食いだからだ。


「ちえー」


田島は口を尖らせながらしぶしぶ箸を退却させる。それでも別段不満という訳でもないのですぐ機嫌を取り戻すと自分の弁当をかきこみ始めた。みるみる満面の笑顔になる。それを見た三橋もおぼつかない手つきで弁当をかきこんだ。


「うまー!」
「お、いひ、い、へっ」
「急いで食べんなよ。危ない」


泉がストローから口を離して忠告すると、ご飯で膨らんだ頬のまま三橋は小首を傾げて泉を見た。


「?」


頭上に確かに見えたハテナに、泉は自分のコーヒー牛乳を差し出す。


「メシ詰まらす。これ飲んでいいから」


端的に述べると三橋は約五秒後に、意味がわかったのかこくこく頷いた。泉からパックを受け取って飲む。あ、間接キスだ、と泉は思ったが、どうせ三橋のことだから全部飲んでしまうのだろう。その後自分が飲まなければあまり意味がない気がする。
三橋は大きな音を立てながらコーヒー牛乳を飲んだ。パックを泉に返しながら、くすぐったそうに笑う。


「ちょっと、にが、い」
「…あぁ」
「なんかの、味がす、る」


今度は泉が軽く首を傾げた。三橋は何事も無かったかのようにまた弁当に向き直って、今度はゆっくり咀嚼し始める。
泉はしばらく三橋を凝視してから頬杖をついて、怒涛の勢いで食べ続ける田島とそれにつられて食べるスピードを増した三橋を交互に見比べた。
田島と三橋は互いのことをよく理解している似た者同士に見えて、実はそんなことはない。泉からすればまるで真逆。
田島は少ない言葉で相手のことを理解してしまう。三橋に対して特に顕著だが、カンがいいのだろう。そうじゃなければエスパーか。彼の天才たる所以の片鱗がそこに見えかくれする。そしてその分田島は相手にも必要以上のことは言わない。長々とした説明を聞くのが嫌いだから、自分にもそれを禁じているのだろう。
田島が弁当を食べ終わった。膨らんだ腹を撫でて幸せそうに椅子にもたれる。三橋はまだ食べている。
三橋は元々そういう癖なのか、長い文章を組み立てて話すのは得意ではない。頭の中でぐるぐる色々なことを考えているのがたまに伝わってくるが、口から出るのは途切れ途切れの単語くらいだ。田島とは違う意味で言葉数が少ない。
けれど三橋の場合、少ない言葉で理解を求める割に自分はきちんと説明を受けないと理解が追いつかないのだ。類推する、という機能が著しく低い。または著しく偏っている。


(バランス、悪いんだな)


思って、紙パックのストローに口を付ける。苦い風味がかすかにした。
田島のようなバランスを三橋はとれない。どちらも悪い方へと作用するのみ。
それでも不思議なことに、三橋と田島を秤に乗せるとうまい具合に釣り合うのだ。
ぴったり水平を保つ秤は、他の誰にも作り上げられない。
じゃあ、自分のバランスはどうなのだろうか。泉孝介はきちんとバランスをとれているのだろうか?


(俺は田島程じゃないけど、一応三橋の言いたいことはなんとなくわかる。言ってることは、たぶん…ごくごく一般的、か)


自分はパランスのとれた人間なのだろうか。


そして、


三橋と自分は、どの程度釣り合うのだろうか。





田島が他のクラスメイトに呼ばれて元気よく返事を返した。いすを鳴らして三橋を驚かせると、向こうへ駆けてゆく。
三橋は空の弁当箱から、視線を泉へ移した。穴があくほど見つめられていたことに漸く気づき、不思議そうに瞬きをする。


「いずみ、くん」
「ん」
「それ、入って、ない、よっ」


三橋の視線を追い口にくわえたストローの先、からっぽのコーヒー牛乳のパックを見て、泉はああ、と頷く。


「知ってる」
「?」


三橋はまた首を傾げた。やはりこいつは説明をしてやらないとわからないらしい。
けれど別にわからなくていいから、泉は自然な動作でストローを離す。
三橋の瞳がゆっくり紙パックを追いかけて、あ、と声が上がった。


「どうした?」


問うと、三橋は考え込むように自身の人差し指を自分の唇に当てて、離した。
そしてそれをそっと、泉の唇に当てて。


「いずみくんの、味、だったんだ」


あまくて、にがい。
瞬間泉は硬直した。三橋は変なことを言ってしまったかといつものように思って(この場合確かに変なことを言ったことには違いないのだが)、指をすぐさま離して視線を落とした。
三橋のふわふわ頭のつむじを見つめて、泉は息を吐く。ため息になりきれなかった軽い息。





理解すること。理解させること。その秤があるとするなら。
片方に三橋廉、片方に別の誰か。そんな秤があるとするなら。





「半分くらいなら、釣り合うと思ったんだけどな」
「…?」


朝陽よりものろく上がってきた三橋の瞳を捕えて笑う。








「秤はいつも、お前に傾きっぱなしだよ」











いすに背を預けて、またストローをくわえた。









またよくわからない話ですねどうも。泉くんによるタジミハ考察のようですねどうも。
一種自分たちの世界を作ってるタジミハにちょっと嫉妬する泉くんが書きたかったようです。
読んで下さってありがとうございました!



07,11,7

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