例えばそれが野球なら阿部。例えばそれが願いなら野球。




例えばそれが、












最近











「みはしー!!」
「う、おっ!?」



後ろから飛びついてきた田島に三橋は素っ頓狂な声を上げる。
昔はその驚きは十分に脅えを含んだもので。でも今は単なるスイッチみたいなものだと田島は思う。
田島が飛びつく。三橋が不思議な声で叫ぶ。そして、



「びっくりした?」
「うひっ」
「へへっ!」



二人、笑い合う。
もうこの行為は互いが互いに与える相乗効果のようなもの。おきまりの行動も反応もすべてが互いを幸せにする。
ならいいんだと田島は思う。三橋がイヤじゃないならなんだっていいんだ。そしてそれが自分にとってもイヤじゃない。きっとそれは、この子が運命の相手とかだからだと思う。



――だって不思議じゃんか。俺が嬉しいことがゲンミツに、三橋も嬉しいこと、なんて!



心の中で誰にともなくそう言って、腕の中に三橋を入れたまま、田島はにししと笑った。

すると、珍しく。



「たじま、くんっ」



抱きしめられたまま三橋が名前を呼ぶ。至近距離なのに大声なのは、そもそもの三橋の性格からなのか、それとも三橋が必死な証拠だろうか。
田島からするとどちらでもよくて、同時にどちらでもよくはない。つまりはそんなこと関係なく三橋のことが大好きなのでいいのだけれど、それが大事なことならば知らなきゃ気が済まない。矛盾しているようで向かう先は三橋だけで、だから田島はいつも通り、気にはするけど放っておくことにする。



「なに?」
「何センチ、だった?」



うわ。田島は三橋の言っていることがびびっ!とわかってしまって口をへの字にしてしまった。
今日の身体測定のことだろう。「みはし」と「たじま」では出席番号が離れていてすぐ結果を聞くことができなかったし、昼休みの短い時間を使って教室保健室間を往復したためすぐ授業に入ってしまった。
なん、せん、ち?可愛い顔を輝かせて尋ねる三橋を無下に扱いたくはないし。
それでもなんとなくわかっていることに名前を与えて言葉として吐き出すのは、さすがの田島もいささか気に食わない。だって男なのだ。プライドだってある。
それでも、さあさあ、三橋がオドオドし始める前に。



「164!」



肺に残っていた空気を目一杯使って叫んだ。深呼吸みたいに大きく吸って公言するのは嫌だった。
三橋はうおっ!と驚いて、でも脅えたりせずに瞬きをするとこくこく頷いた。感心しているみたいに見える。



「お、れはね、」



教えてもらったお返しとばかりに、三橋は楽しそうに言葉を紡ぐ。田島がなんとはなしに乾いた唇を舐めたのには気づいていない。



「165!だ、った!」
「!」



ガーン!わかりきっていたことだったけれど、ほらやっぱり結果が示されてしまうとだいぶツライ。
でもそんなこと気にしていたってしょうがない。自分がチビなのは昔から変わらないし、だからって困ったことなんて何一つなかった。ホームランが打てないって言われるけれど、別にそれだけが野球じゃないから問題にはならない。



――ホームランがなくても打率は上がる。チームは勝てる。俺は、ゲンミツ。



だからそんなこといいけれど、好きな子より背が低いってどうすればいいんだろう。何か他の物事に昇華できればいいのだけれど、見当たらない。



――ひゃくろくじゅうごひくひゃくろくじゅうよんは、いち。ひゃくろくじゅうよんひくひゃくろくじゅうごは、まいなす、いち…。



そんな計算をしながら三橋を凝視し続ける田島に、三橋は嬉しそうに笑った。



「よかっ、た!」
「なにがっ?」



自分でもびっくりするくらい返事はすんなり出た。びっくりしすぎてちょっとキョトンとしてしまったくらいだ。
三橋は言いたいことがうまく言えないのか口をぱくぱくさせて、それでもとても嬉しいらしく頬を上気させて田島を見ている。



「あ、あう、お、」
「……」



――かわいい。めっちゃくちゃ、カワイイ。



そう思って、なんでこんな可愛い子より背が低いんだろうとこのときばかりは他の部員が羨ましくなったのだが。



「おれ、いちばん、たじまくんに近いね!」
「!」



今度はガーン!というよりドッカーン!!だった。
おそらく他の部員がこの会話を聞いても何ら理解できなかったと思われる。せいぜい泉が憶測を述べる程度であったろう。それでも田島には三橋の言いたいことがもう手に取るようにわかってしまったので、ものすごくものすごく嬉しくなった。



「ホントだ!」
「う、ひ!」



子どものじゃれあいのように田島は三橋を抱きしめて、三橋も抱きしめ返した。
よくわからないもやもやでできた玉が割れて、中から虹が飛び出してきたみたいな気分。
心臓がひっくり返って世界が一瞬蛍光色になってしまったような鮮烈さ。



「三橋三橋!」



田島は頬を三橋の頬に寄せて頬ずりしながら叫ぶ。



「三橋はさ、俺と近いと、うれしいっ?」
「う、ん!」



三橋はなすがままにされて、でもひどくあったかく微笑んで、負けじと声を張り上げた。



「だっておれ、大好き、だ、カラ…!」







ぎゅむむむむ、と心臓がわしづかみにされる音がして、田島は一瞬俺感電死するかも!と、本気で考えた。











例えばそれが(三橋の)野球なら、(ピッチャーに一番近いのは)阿部。例えばそれが(三橋の)願いなら、(三橋に一番近いのは)野球。














例えばそれが、三橋廉自身なら?
















「俺も俺も!ゲンミツに、愛してるっ!」
















三橋に一番近いのは、田島悠一郎なんだぜ!ゲンミツにっ!!













えー一万hit記念フリー小説、アンケートで一番多かったタジミハでした。
とにもかくにも、皆様ソラトクラをいつもありがとうございます。何度も言うようですがここまで来れたのは皆様のお陰です。
アンケートや拍手で励ましの言葉を頂いたことはとても励みになりました。カウンターが回る、というのがこんなに嬉しいことなのだということはサイト運営を通して初めて知ったことです。本当にありがとうございました!!!


それでえーと、小説の中身なのですが、まあ空月的なタジミハ萌えポイントをちょこちょこ入れてみました。今更なので言い訳はしません…。
身長差の話は蔵崎さんが書いていたので、もろに影響を受けています。というかあれがきっかけで書きました。
普段と言い回しやら何やらが違うのはわざとです。でもフリー小説であえて普段と変えるあたりセンスなさすぎ空月!(土下座)


フリーですのでどうぞお持ち帰り下さい。サイトなどに掲載する時はソラトクラの空月あおいが書いたのよーということさえ追記して下さればそれでOKです。リンクするしないは任意でどうぞ。


読んで下さり、ありがとうございました!



07,10,2

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