そんな可愛い顔で睨まれても、口元が緩んでしまいます








「ぶっ」
「……」
「ぶふっ」
「……」
「あはは…!」
「…っ、」


廉は断続的に笑い続ける俺を見て、悔しそうに唇を噛みしめる。


と。


「準さんの、ばか!」


真っ赤な顔でそう言って、ぷいっとそっぽを向いた。頬がふっくら膨らんで、何かを思い起こさせた。なんだろう?
可愛い可愛いこの恋人は、怒らせるとこれでなかなか厄介だ。別に仲直りが難しいというわけじゃない。
可愛いすぎるんだ。殺人的に。
赤みが差したふにふにの頬、ちょっと潤んだ瞳、キスしてと言わんばかりの唇。どれもが俺の心をがっちり掴んでしまって、つい、意地悪したくなる。
俺がそんな状態なのだから、廉を狙ってる周りの奴らは輪をかけて酷い。中学時代いじめられてたのって、チームメイトがこの可愛い姿を見たいためだったなんじゃないかって本気で思ってしまう。
それに加えて廉はどんな顔も俺のツボなので、笑いには事欠かないのだ。
そりゃあ顔を見る度に笑われるのは嫌だろうけど、本当に面白いくらい可愛いんだからあきらめてくれ、廉。


「ごめ…つい」
「知り、ませ、んっ」
「ぶっ」
「〜〜〜っ!!」


口をヒヨコみたいに必死に開けて頑張る廉にまた吹き出してしまった。するとまた廉は目を潤ませてこちらを睨むのだが、やばいくらい可愛い…。
この世で廉くらいのものだろう。睨むことで他人を和ませるなんて。


「廉、可愛いなー」


少し低い位置にいる廉を見下ろして惚れ惚れして言う。このまま家に連れて帰ってしまいたい。
それもいいかも、と呑気に考えていると、ブランコを申し訳程度に揺らしながら廉は顔を湯気が出るほど赤くさせた。この子は俺に可愛いとか好きだとか言われるのに弱い。それも、仲直りに大して時間と手間がかからない理由である。
しかしここで弁解しておくと、廉が可愛くなかったことなんてないんだ。仲直りのためのお世辞なのではない。当の廉はおちょくられていると勘違いしているみたいだけど。
ブランコの鎖を指で弾いて廉は口を尖らせた。


「準、さん、ズルイ…」
「俺もそう思う」


廉の綺麗な瞳が正面に立つ俺の顔をとらえる。この子はたまにやたら想像通りの反応を返してくれるので面白い。
満面の笑顔を見せながら。


「廉が俺に惚れてるの知ってて、こうやってるからさ」
「…っ!?」


ほら、また!廉の首や耳が真っ赤に染まる。握りしめた両手も、寒さのせいにしては赤すぎやしないか?
廉は何か言いたそうに口をぱくぱく開け閉めするが、何の音も出てこない。言いたいことがありすぎるのか、それとも何を言えばいいかわからないのか。たぶん廉ならどっちも、かな?
ブランコをぐるりと囲む低い手すりに腰掛けていた俺は、身体を浮かした。俺が近づいてくることを悟った廉が、ブランコごと後ろに下がろうとする。条件反射的なもので、逃げる気はないんだろう。
けど、ちょっと遊び心に火がついてしまったので。


「つかまえたっ」
「うひゃあっ!?」


ずりずり後退していた廉に覆い被さるように飛びつけば、廉は冷水でもかけられたかのような悲鳴を上げた。
廉は俺の腕の中に非常にぴったり収まる。とても抱きやすい。女の子ほど柔らかくない身体も(それでも十分柔いけれど)、なんだか肌に馴染む。ふわふわの頭が顎の辺りにくすぐったい。
そして何より、寒い季節に必需品。心も身体もぽっかぽかだ。


「あったけー…」
「じゅ、さ、立てま、せんっ」


廉の抗議の声が上がる。ふと目をやると、廉の顔は今にも爆発しそうな赤さだった。抗議しているようにまるで見えない。
にこーっと笑ってやると悔しそうに目を伏せた。ふるふると震える睫。あ、泣いちゃう…かな。
赤い廉の頬に触れる。廉の赤さや熱さが感染してくるような気分だ。


「ごめん、廉」
「……」
「好きだよ」


何の変哲もない事実をゆっくり述べて、潤みはじめた目元に唇を寄せる。廉は強く目をつぶった。自然と笑みがこぼれるのがよくわかった。微笑ましくて、愛しくて。目元に口づけたはずなのに、唇相手のような錯覚を覚える。柔らかい、からかな。
音を立てないキスが離れてゆくと、廉は目を開いて俺を睨みつけた。準さんヒドい、とでも言いたげに。


「準さん」
「うん?」
「……」
「どうかした?」


わかってるのに尋ねて廉をいじめているみたいな言い方だが、本当にどうしたのか俺にわからなかった。今度こそ本気で怒られるか…折れて、俺も好きですって言ってくれるか。
どっちでも嬉しいなんて俺も大概だよな。
廉が向けてくれる感情がどれもこれも嬉しい。野球を見るためだけに生まれてきたと言っても過言ではない廉の、その瞳にとらえられる瞬間が、いかに幸せなことか。
廉が俺を見上げる。泣きはらしたような瞳に射られて、罪悪感と独占欲が同時に生まれた。


「準さん、だい、きらい、です」


へえ。

普通に相槌を打ちそうになった。今日練習休みだって言われたときの反応みたい――あ、いや、コレは適切な例じゃあないな。練習休みなら理由を尋ねるはずだ。何で?と。でも廉のコレには理由を尋ねる必要がない。
だって、ウソだってわかってる。


「だい、きら、い」


廉はうわごとのようにつぶやきながら、そっと俺の頬に手を伸ばして、
引き寄せて、


(あ、れ…?)


ちゅ、と。
離れていった廉の顔は自分がしたことに心底驚いている風だった。俺はもっと呆けた顔してるんだろうけど…。


「…まさか唇を奪われるとは思ってもみなか」
「あ、う、お、ちがくて、なんとなく、で、」
「へ―…」


手足をばたつかせて言い訳する廉は、納得したんだかしていないんだか微妙な反応の俺に業を煮やしたか、ぷっくりと頬を膨らませた。 あ、うまそう。
かなり不謹慎な台詞が頭をよぎり、合点がいった。


「肉まんだ」
「うお?」
「廉、肉まん好き?」


首を傾げた廉の瞳がキラキラ輝く。飛び跳ねそうになる身体を自制して、しきれなくてブランコの鎖をがちゃがちゃ言わせる姿が可愛い。


「すき、ですっ!!」
「そっか!じゃ、コンビニ行こう。奢るよ」
「わぁっ…」


先ほどまでの攻防(?)はどこ吹く風、廉はにくまんにくまん、と嬉しそうに唱える。
もしかしたら嫌がられるかと思ったけれど、廉は俺が差し出した手に手を載せ、立ち上がった。本当に食べることへの執着はすごい。
つないだ手をぶんぶん振りながら公園をまっすぐ進む。ときたま振り過ぎてよろけつつ。廉の不思議な鼻歌が、張りつめた冬の空気をのんびり優しいものへと変えてゆく。


「肉まん、おれ、だいすきなんです、よっ」
「よかった。俺も、大好きだ」
「おんなじ、ですねっ」
「そうだね――」


くくっ、と笑った。なんでこんなバカなことやってるんだろうなあ、世の中ってホント平和、と思う。
廉がまた、俺が廉を笑っているのだと勘違いして俺を睨みつけてきた。
満天の星空の下、人工的だけれどどこか優しいコンビニの明かりを目指して、肉まん目指して、俺らはケンカしたり笑いあったりしながら歩いた。





俺と廉のケンカはいつだって長続きしない。


廉の睨んだ顔が、可愛すぎるから。








互いが互いを、好きすぎるから。













この妙なまでの甘さが準ミハだって信じています。互いのことが好き過ぎて、ケンカがケンカにならない、という。
読んで下さってありがとうございました!



07,11,20

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