思い出には敵わない。 そんな声を聞いた。 〈おもいで〉 それは多分部室でのことで、しかし誰がそんなことを言ったのか、よくわからなかった。 「……」 誰もいないマウンド。そこは殺風景以前に、あまりにもあるべきものがなさすぎて、気味が悪い。 久しぶりに会った彼は、すっかり自分の知らない彼だった。でも、一つだけ…彼は相変わらず、投げることが好きだった。それだけが、かつてと今を繋いでいる。 手の中で携帯を転がす。来るはずないメールや電話を待つのは性に合わないけど、でも。 ――俺とお前は、思い出に勝てるかな? 誰もいないマウンド。そこは自分が立てば、いつだって自分の場所になる。 ――でも、むかし、の、この場所は。 それは自分のものではなかった。ずっと自分がいたけれど、彼に勝った今でも、やっぱり彼の場所だったのだと思う。強く、思う。 ――よかっ、た。 マウンドの上の幼なじみは、ひどくかっこよかった。それは思い出の彼そのものでもあったし、全然知らない彼でもあって。 ぎゅ、と両手で、携帯を握りしめた。 ――俺と…きみ、は、思い出に、勝てるかな…? どこを思い出と名づけよう。何が思い出、どこからどこまでが思い出なんだろう?どれも適切ではなく、ただ、笑いあったあの日が、彼らの思い出。 (いつか思い出以上の日が来ますように。) (想いで、思い出を越えられますように。) (想い、で。) 〈おもいで〉