<シンメトリー>
「三橋は、本当に幸せそうに投げるよね」
キャッチボール中、三橋のボールを取り投げ返しながら、沖は言った。
当の三橋はいきなりの発言に固まっている。いつもの「何か悪いことをしたのかな」という顔で。
こうなることを半ば予想していた沖は、手をぱたぱた振って否定する。
「ただの感想だから、気にしないで」
「うお、」
「ん、投げてー」
グローブを構えられて三橋はわたわたと不思議な動きをしたが、そこはそれ投球中毒な彼はコクリと頷いてボールを投げる。
何かに引き寄せられるように、グローブのど真ん中に決まる硬球。ボールが生きているみたいだ。
――この一球に。
どれだけの時間が費やされたんだろう。一体どれだけ練習して研究して(三橋に研究という言葉は似合わないけれど)、苦しんだんだろう。
その答えは三橋本人の口から聞くことはない。でも、すべてはきちんとボールに込められている。
「あ、の、」
三橋が戸惑い気味に声を発した。
「なに?」
「沖くん、は、左、どんな、カンジ…?」
今度は沖がきょとんとした。左?
三橋の視線を追うと、自分の左手に行き着いた。グローブをはめていない、左に。
たぶん三橋は、左投げはどんな気持ちなのか知りたかったのだろう。そういえばこの西浦で左投げなのは沖だけだ。同じ投手として、やっぱり気になるのだろうか。
多少は三橋の不思議言語にも慣れてきたので、解読も合っている、はず。たぶん。
「ええと…まあ俺は右投げを知らないからアレだけど…」
「あっ…」
「あっ、別に質問されて嫌じゃないし!困ってないから!」
三橋のはっとした顔に慌ててフォローする。フォローと言っても本当のことを言っただけだけど。
しかし普段当たり前なこととして認識しているだけに、それを説明するのはなかなか難しい。
「うーんと…えーっと…」
考え込みながら三橋を見ると、眉がハの字を描き始めた。泣きはしないと思うけれど…でも、ちょっとやばいかも。
沖は必死に必死に考えて、三橋の質問の答えにはならないかもしれないがとりあえずそれっぽいことを思い出した。あくまでそれっぽいことだけど。
「あー…そう言えば…鏡?かな…」
「かが…?」
首を傾げた三橋に、ボールを投げる。長話をしすぎると監督に怒られるので、一応の保険だ。
言われてみると左で投げるのは不思議かもしれない。ボールを離す瞬間、妙な違和感を覚えた。
「前に右投げのやつとキャッチボールしたとき。鏡みたいだって言われてさ」
「……?」
なんて言えばわかってもらえるか考えていると、申し訳なさげなボールが返ってきた。
そういえば前に阿部が、三橋の球はそのときの気持ちとかがぜんぶ反映されちゃうって言っていた。沖を困らせて悪い、と考えているんだろう。
そんなことないよー、と気持ちを込めながら投げてみる。
「ほら、俺が左で投げると」
「う、おっ」
「三橋から見ると、三橋が投げる腕と鏡みたいに対称の位置になるんだ」
投げられたボールをまじまじを見つめて、沖を見て、三橋は投げ返した。それをまた沖が投げる。
何球かキャッチボールをしてゆく内に、三橋の顔がだんだん明るくなってゆく。
「ほん、と、だ!」
かがみ!そう笑顔で叫んだ三橋に、沖はそうそう、とほっとしたような笑顔でうなずいた。
この子には誰よりも笑顔が似合うと思うから、やっぱり笑っていてほしい。
「だからさ、互いに同じにしか見えてないんだけど、違うんだなあって」
「ふえ?」
「だから…三橋が見てる世界と俺が見てる世界は、違うんだ、って」
ごめ、なんか変な話だね。小さな声で言ってみる。
同じ選手としてすごいなあと思う。同じチームメイトとして、すごいなあと思う。
でも、投手として三橋を見るとき、果たして自分は同じ場所に立っているんだろうか。
投球練習をしているといっても、まだ高校では正式な試合経験もないし。
――でも、モモカンに怒られるかもしんないけど。
マウンドには三橋に立っていてほしい。面倒でも怖いのでもなく、そこは間違いなく彼の場所だから。理由はそれだけ。
たぶんその場所に立てば、三橋の気持ちが今以上わかるようになる。それでも、完全に重なることはない。鏡だから。
「どんなんだろ。右、って」
投げながらぽつり、つぶやいた。つぶやいてから「しまった」と思ったが、投げた硬球のように言葉はまっすぐに三橋のもとへ届く。
「……」
三橋はボールを黙って見て。
とてとて、沖のもとへやって来た。
「え?」
「えっと、」
呆けた沖の後ろに回って。
沖の右手のグローブを外して。
沖の右手を取って、ボールを握らせて。
「こんなかんじ、だよ!」
ぎこちない投球フォームを描いた。
突然のことだったので右手に握ったボールは飛ばせなかった。
「……」
今まで感じたことのない、不思議な気分。目の前が開けた?違う。どちらかというと、わかっていたことを改めて教えてもらった感じ。
三橋はとてとて沖の目の前にやって来て、少しだけ高い目線の彼を見上げる。
「ど、うっ?」
キラキラ。そうとしか表現できないはちみつ色の瞳に見つめられて、沖はう、と言葉に詰まった。なんとなく顔が熱くなる。とくんっ、と心が鳴った。
「う、ん」
沖は微笑んだ。もしかしたら泣きそうになっているかもしれない。三橋の前でそれは嫌だなと思いながら。
「投げるの、楽しいんだ、ね」
「う、んっ!!」
三橋はとてもとても嬉しそうに笑った。
「左も、すごく楽しいよ」
「そう、なん、だ!」
投げて、みたい、な!
にっこり笑う三橋に、じゃあいつか、二人っきりで練習しよう、と提案してみた。
向かい合うキャッチボールじゃないけれど。
二人並んで同じ場所に立つのも、きっと悪くない。
終
以前沖ミハリクがあったので書いてみました。うーんなんだかいろんなものを活かせていない…。
沖君の左投げに興味津々なレンレンとか可愛い、と思います。ふたりで投球練習〜とか言って休日デートしてほしいな!
07,9,12
戻る