ミラノの霧(骸ツナ)
「君は!どうして、僕から逃げないんですか!?」
「ふえっ…?」
「本当はね、知っていると思いますが――僕は君が大嫌いなんですよ。だから逃げてくれればこんな間抜けなことをせずに済んだ!」
握り拳を作った。殴ろうと思えばできるし、夢の中にまでボンゴレ上層部は口出しをしてこないだろうから気の済むまで痛めつけてやればこの欝憤も晴れるのかもしれなかった。というか口出しをされようが今の骸は気にも留めず綱吉を傷つけただろう。
でも、できないのは、どうして。
ヴェネチアの祭り(山ツナ)
――ツナのそばにいる。野球ができる。人並みの幸せ。
最悪、二位以下は切って捨てたってかまわない。場所も人も幸せさえも、彼に比べたら非常に微々たるものに思えた。
そう、それを切り捨てたから、自分は非日常な戦いの中にだって笑顔で身を置ける。
「はは…」
綱吉に笑ってみせる自分の顔を思い浮かべたら、声を立てて苦笑していた。
自分の笑顔なんて、そういいものじゃない。
第一、切り捨てられたのか、まだ完全に切り捨てていない自分にはわからなかった。自分は理想論を並べ立てているにすぎないと言えば、それまで。
本当に綱吉以外を排除できるなら、すでにそうしているんじゃないのか?
野球なんて。思ったとたん、自分がひどく傷ついた気分になるのは、やはり事実だ。
綱吉よりは、と思っても、今はまだ。
フィレンツェのワイン(ランツナ)
「オレが生きてたって証拠がオレだけなら、オレがいなくなったらどうなるんですか?消えちゃうんですか?過去とか…思い出とか!貴方はそうやって今を生きているからいいけれど!オレは、いつも今を生きていられないんです!」
ぐすん、と洟をすする。目に水分が浮上してきているのに気づいてはいたが、無視した。喚いてかっこ悪いと思ったが、それも無視だ。どうせこの綱吉は十年後には全て忘れてくれている。こんな些細なこと、日々という現実にかかればすぐに消滅してしまうのだ。
きっと、ボンゴレの中では、もう。
「ランボ」
頭の上から静かな声が降ってくる。怒られるのかな。それでもいいや。ランボはそう思った。
ローマの休日(ヒバツナ)
草食動物、というよりは小動物のように縮こまってしまった綱吉を見下ろし、雲雀はドアに手をついて綱吉を包囲する形をとる。ああもうこの世の終わりだと綱吉は嘆き、それでも抵抗する気が起きない自分が不思議でもあった。なんだよ俺、雲雀さんのこと信じてるとか?投げやりに自分に問うてみると案外それは的外れな質問ではなかったらしく、思い悩んでしまった。
「沢田、綱吉」
「はっ…ハイイィッ!」
それこそ突然の物音を聞いた小動物のように、ピン!と背筋を伸ばした綱吉が可愛らしかった。男に対して言うのも何だが、女に対してもそんなことを思ったことがない雲雀はさして気にも留めない。彼にとってはささやかなことである。
それにしてもいい名前だ。初めてまともに呼んだそのフルネームが面白くて笑みがこぼれそうになった。
バチカンのジプシー(了ツナ)
「そうか?お前はいつも忙しそうだから、意外でな」
「あ…いえ、それほどでも…?」
何が意外なのかもよくわからなかったが、とりあえず彼は自分のことを気にしてくれたらしい。普段猪突猛進なところのある人だから、何とはなしに嬉しかった。ちょっと笑みがこぼれてしまう。
了平は納得したようにうむ、とひとつ頷いた。
「お前がようやくボクシング部に入部する気になったのかと思ったのだが…」
「えええ!?いや、それは…!」
こぼした笑みを固まらせてやっぱりそれか、と綱吉は少々残念に思った。
が、こっちの方がこの人らしくていいのかもしれないと思い直す。それでこそ笹川了平だろうと言われれば、何の否定もできないだろう。
ナポリのナポリタン(獄ツナ)
「マフィア、ってさ」
獄寺は綱吉から視線を外さず唾を飲み込んだ。当たり前のはずの単語なのに、綱吉が言うと特別な重みを持って感じられるから不思議だ。
当の綱吉はパスタから視線を動かさず、遠くを見るような目つきをした。さっきよりこのひとが遠く思えて、獄寺は悪い目つきをますます酷くする。
「なんなんだろう、ね」
「十代目…?」
「獄寺くんは、マフィアで幸せ?」
表を子どもたちが駆け抜けていったような、そんな騒々しさが遠くで聞こえた。