三橋が振り返ると、阿部は右手を頭に当てていた。がしがし、と掻いて、三橋の反応を窺うように黒の瞳がじっと三橋を見つめる。


「う、み」


 三橋の口がたどたどしく動いて、二文字を模る。
 ふと目を上げると、阿部の後ろ、窓の外には飛行機雲が伸びていた。真白の帯が青い青い空に描いた軌跡が窓の中で空を二分する。肝心の?飛行機は何処にも見えなくて、もっと遠くまで伸びているらしい白の航路を思わせた。
 もうそんな季節、と三橋が思っていると、阿部は三橋が自分ではなく別の何かを見ていることに気付いたのか、振り返る。


「あぁ、」


 納得したように相槌を打って、窓枠に手をかけた。
 彼のことだから、ただの飛行機雲かと言われてしまうかと思っていた。


「もうそんな季節か――」


 彼の低い、穏やかなビブラートの利いた声が響いて、三橋は驚くとともにふひっと笑った。


「う、ん」
「え?」


 阿部が振り返ると、目の前の恋人は幸せを充ち溢れさせた顔。


「行こ、う。海」


 三橋の澄んだ声と透明な瞳が、阿部の脳裏に波音を呼び寄せた。
 バス停で待ち合わせ、と言って反応を見ると、三橋はこくこく頷いた。