花嵐(子猿)


時には太陽。時には大輪の、花。
煌々ひかる姿はすべてを惹きつけ離さない(かく言う僕も、そう)。
君にはいろんな人が集まる。君の魅力に惹かれた者達が、集う。





――ねずっちゅー。
なんすか?猿野くん。


(彼は笑顔だ。それはそれはよく光る、笑顔)


―――!
なんて…言ったんすか?よく聞こえなかったっす…。


(猿野くんはにこやかに微笑んだまま)
(彼の周りを花が飛び交う)
(きれい、だな)


――ねずっちゅー…。


(笑顔が儚くなった。なんでそんな、僕から遠くにいるんすか?)
(花が、猿野くんを覆い隠してゆく)


猿野くんっ!!


(邪魔だ、この、花、)
(掻き分けた。掻き分けても掻き分けても花、花、花!)


「行かないで…!!」


(猿野くんは笑っていた)


――子津。





泣きそうな、笑顔だった。





(花を散らす風にはなれない。僕も花のひとつに過ぎないから)








花筏(墨猿)


想いをぜんぶ、水に流してしまえたら。


君に、届いてしまったりして。





君が、乗ってきてくれたりして。





(先回りして待ってるよ)








花代(芭猿)


「お高いことで」


わざとらしく言ったバカを猿野は殴る。相手がわざと殴らせていることは心得ている。


「何だよ、お前M?」
「うんにゃ。どっちかってーと、虐めたい派だけど?」


おー痛い、と頬を撫でるバカは、如何にも楽しげで腹が立つ。
顔を見ると苛苛するから背ける。ああなんて自分は子どもなんだろうか。


「…で?結局ヤるわけ?」
「勿論」


何が勿論なんだと言いたくなったが黙って言葉の続きを待つ。話が進まないのは嫌 だった。
そっと頬に手を添えられ、無理矢理振り向かされる。
目の前には、端正な芭唐の顔。口の端に覗く八重歯、目元の、紅。
思わず息を飲んだのは、期待からか不安からか?


「愛してるぜ、天国」
「――」


ああ。





きっと、こんな言葉ひとつで許してしまうなんて、俺も相当なバカだ。





(キャッシュもカードも受け付けないわ。お代は愛の言葉だけ)








花守(剣猿)


高い。目の前にそびえる壁は、今まで見た何より高い。
どこから見ても欠点などないその壁は、目標であり、敵であり、大切な人のすごく大 切な人でもある。
猿野はじっとその姿を見て、ため息。かなうわけがない。(でもあきらめないけれど)
今日も差を見せつけられた気分できびすを返す。
ああ、高嶺の花にはどうやったって、手が届かないのか。





「てんごくくん〜」
「なんすか?」
「凪、二階なんだけど〜」
「出直してきます…」
「いいの〜?」
「はぁ…」
「遊んで、いきなよ〜」


ぐん、と掴まれた手首。手折られそうな強い力。


――っ、


でもそれは想いの強さである。猿野はそれを知っていた。


「てんごくくん」


まっすぐな瞳が猿野を射る。その瞳は彼女に似ているようでまるで似ていなくて、 けれどもし彼女もそんな瞳をするなら、自分は。
剣菱は、柔らかく鋭利に、笑ってみせた。





「凪に気づかれないように、おいで」





(花(を)守れ。花(から)守れ)








花氷(辰猿・闇猿調)


だって馬鹿って楽。
吐き捨てた猿野くんに、私は眼鏡をちょい、と上げる。
彼の顔には陰が差していて、この話をするのがあまり好きではないことを直接的に 示していた。


「難しいこと考えなくていいし、周りも勝手にレッテル貼ってくれるから」


そう呟いて私を睨みつけた。何故こんなことを聞くのか、と。


「すみません。お嫌でしたか」
「そりゃ、な。…で、どう?こんな俺は猿野天国らしくないからキモイか?」


今にもケラリと笑い飛ばしそうだったので、慌てて猿野くんの口を塞ぐ。
…もちろん、手で。


「むっ!?」
「猿野くんは猿野くんなので、私は気になりません」
「…知ったかぶりはよくないぜ、たっつん」


眉をひそめて忠告する様すら愛しいのだから、恋ってものはデンジャラスなんでし ょう。
けれど、きっと。
これだって彼の虚勢に過ぎないのだから。


「大丈夫」
「…何が?」


貴方が本当に本音を言ってくれるまで、普段のトラブルメーカーの猿野くんも、悟 ったような冷徹な猿野くんも、愛していきますから。
今はそっと抱き寄せることしか出来ないけれど。


「いつかきっと、溶かしてみせますよ」





猿野くんは口を開き、閉じ、また開いて――小さく「馬鹿」と、悪態をついた。





(外から見れば魅力的。でも知りたいと思ったら壊させて)








01:花嵐 桜の花びらを散らす強い風、桜の花が盛んに散ること

02:花筏 花が散って水面を流れるのを筏にたとえた語

03:花代 芸者と遊ぶ料金

04:花守 花の番人

05:花氷 中に花を入れて作った氷の柱









08,5,6

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