好きってさ!
十二支高校の校門に彼がいるのは、本当はとてもおかしなことに違いない。
他校だというだけでなく、それが遠く華武高校の生徒だということ、そしてそんな彼は当然華武の制服――古風なマントに学生服――を身にまとっていること。目立つ目立つ。
ただ彼が目立つのは、何も彼が時代錯誤な格好をしているからだけではない。
すらりと伸びた背、整った綺麗な顔立ち。チューイングガムを口に含んでつまらなさそうに遠くを見つめる瞳。をなぞる紅。
変人揃いの十二支にいたって目立つ。これをおかしいと言わずに何と言う?
けれどそれが常日頃から、となると、いないのはそれはそれで妙に感じるのだから不思議だった。
猿野はカバンを肩にかけ直して、何とはなしにふう、と息をつくと、練習疲れの身体を引きずり校門へ向かう。
校門で門柱に寄り掛かり、彼はにやりと猿野に笑いかけた。
「よお」
「…おぉ」
「ん、何。どーかしたの」
「や…なんか凄くお前、馴染んでるなあ、と…」
もごもご、と猿野は言い、それを聞いて御柳は声を上げて笑った。楽しそうな、飾り気のない笑顔だった。
猿野は思う。いやしかしこいつ、どうして俺が考え事してるのに気付いたんだろう、と。
御柳が猿野を迎えにわざわざ遠く十二支までやってくるようになって数か月が経つ。よくまあ華武のような強豪にいてこんな所までのこのこ姿を現す気になるものである。しごきとか無いのだろうか?御柳はサボり魔らしいから平気なのかもしれないが。
御柳は門柱から背を離し、猿野の目の前に立った。
「猿野さ」
「ん?」
「誕生日。おめでと」
猿野は驚ききょとんと目をまるくして、反応が遅れた。
「あ………あー、うん」
「なんだよ、もうちょっと喜ばねえ?フツー」
せっかく彼氏が来てやったってのに。
その言葉に猿野が眉間に皺を寄せた。牽制のつもりで殴ろうとした拳はぱしりと良い音を立てて御柳の手の中に収まる。
「事実だろ。恥ずかしがんなって」
「恥ずかしがってない!お前はもうちょっとTPOってもんを考えろ!」
「TPO…お前が言うか?」
猿野的には御柳が誕生日を覚えていたことは大して驚きではなかったし、今日も来るならこういうことになるだろうと予想していた。
意外だったのは、御柳がすぐにその話を持ち出したこと。こいつの性格から言って、会って開口一番に言うのはなんとなくしっくりこない。
それを素直に尋ねると、御柳は目をまるくしてから猿野の手を取った。
「そりゃ、お前のことだからいろんな奴にもう言われてんだろうし?それでも出来るだけ早く言いたいっていう、そんな感じ?」
「な」
「ま、愛じゃね?」
誇らしげにすら見える顔で言う御柳を上目遣いで睨みつけ、猿野は彼の手を払うとプクっと膨らんだチューイングガムをばしりと割ってやった。
「そうそう」
二人で川辺を歩いていると、御柳が思い出したように口を開いた。
また何か妙なことを言い出すのではないかと猿野は御柳を睨むと、御柳がにぃ、と口角を上げた。八重歯が口の端から覗く。
「ほら、好きって言っていいぞ」
「……はあ?」
「今日はお前の誕生日だからなー。お前の愛を存分に受け止めてやろうってわけ」
猿野は絶句して立ち止まってしまった。
なんてコイツ自意識過剰なんだ、ていうかソレ俺の誕生日祝いになってねーだろ!…言いたい文句は山のようにあったが、山のように有りすぎたためか口から出さえしない。
それでも主導権を握られるのは癪なので、猿野は冷めた目で目の前で同じように歩みを止めた御柳を眺めた。
「へーほーふーん?」
「ナニ?」
「いやー?俺の誕生日を祝えることの光栄さをわかってないなどっかの誰かさんは〜ってな〜?いや、別にバカだから誕生日の祝い方知らないだけかもしんないけど〜」
すぐさま明美口調になりそうなほど素っ頓狂な音で猿野は言った。ささやかな仕返しである。
けれど当の御柳はどこか大人びた笑顔を浮かべ、じっと猿野を見つめていた。
一歩。そしてもう一歩。彼は猿野に近づいて、すぐ目の前で止まる。
逃げようと思えば逃げられたし、少なくとも何をやっているんだと声を発することくらい出来たはずなのに、猿野は固まって動けなかった。
まさかそんな、御柳芭唐の笑顔に見とれる日がこようとは。
――ない、それは――それは、ないッ!
「猿野」
「う…」
「ホラ、言えって。好きだ、って」
誰が言うかそんなこと、という言葉の羅列が喉の奥で引っかかって止まってしまう。空気がするする肺の中に落ちていってしまって、頭が真っ白になる。
どうしたのかよくわからないが、笑い飛ばしてしまうには彼の表情は真剣そのものだったし、今日が誕生日だということも相まって何が本気で何が冗談が計れず、猿野は自分のペースが取り戻せないでいた。
御柳の顔が眼前にあるのも心臓にはだいぶ負担のようだった。
「お前さ、言えないんだろ。恥ずかしくて」
御柳はすぐ目の前の猿野の頬をするりと撫でる。いきなり伸びてきた大きな手に対応できず、猿野はあわあわと口を開閉させるだけ。
「お前素直じゃないし。ソコがすっげー可愛いんだけどさあ?」
「か、かわっ…」
「おうよ。なんてったってオレが選んだんだから」
自信満々に言われても顔の温度が上がるだけだからやめてくれ、と猿野は彼の手首を掴んで引き剥がそうとした。
しかし逆に手をぎゅっと握られて、思わず閉口してしまう。悔しいようなよくわからない気持ちが溢れて唇を噛んだ。
「だから今日くらい、好きなだけ『好き』って言わせてやんよ」
「笑ったりバカにしたり聞き流したりとかさ。俺も、恥ずかしいからってそんなマネしないでいてやるから」
「お前が飽きるまで、付き合ってやっから」
「なあ、天国」
名前呼びは卑怯だ。猿野だって大切なときにしか呼ばないようにしているというのに。
なんて自意識過剰。好きな奴に好きって言わせるなんて、これじゃ完全に御柳の誕生日じゃないか?
でも。
でも、事実は事実で、それは、とても――
猿野は御柳の眼を見て、噛んだ唇をそっと解放した。
「ばか、ら」
か細い声に名を呼ばれて、御柳はぱちんと瞬きをした。それからますます楽しげに嬉しげに笑う。
「おぅ」
「お前こそ」
「へ?」
猿野は意地悪く笑った。
御柳は頭の奥で、そう言えばコイツは主導権を握るのが本当に好きな奴なんだ、ということを今更思い出していた。
「お前こそ、もっと好きだって言うんだよなあ?」
「なっ…」
虚を突かれた顔の彼に大爆笑して。
そのまま頭突きになってしまえと思いながら飛びついた。
誕生日は、自分達で最高にしなくっちゃな!
終
猿野のお誕生日企画「Full Birth」様に寄稿させて頂いた芭猿誕生日SSでした。
芭猿を書くと何故か甘くなってしまうのは仕様です(笑)よく考えたら猿野さん一度も芭唐に好きって言ってない!!その後はご想像にお任せします。
読んで下さりありがとうございましたv
08,09,27