三橋のイヤガラセ
「おー、三橋の負けだー!」
部室の真ん中で田島が叫んだ。その向かい側でJOKERを持って三橋は呆然と座り込んでいる。
とっくの昔にあがっていた泉はため息をついて、イスの上に山となったトランプを片づけ始めた。
「そりゃあれだけ顔に出てちゃな…三橋にこの手のゲームは酷だって」
「でも負けは負けだろー!」
田島は頬を膨らませるも、すぐに元の笑顔に戻ると三橋の顔を覗き込んだ。ショックで、というよ
り何が起こったか一瞬分からず固まってそのままになっていた三橋は、ようやく瞬きをした。
「う、うへ」
「三橋、罰ゲーム、何がいいっ?」
「おいおい…」
読書に勤しんでいた花井はそこでようやく目を上げる。弱気なエースに罰ゲーム……どう考えても
大変なことが起こるフラグだ。提案者が田島なのも怖い。絶対何かマズいことが起こる。
「田島、三橋嫌がって…はいないけど、困ってんだろ。罰ゲームとかはいいから!」
「えーよくない!約束だもん。な!」
ぐるりと返ってきた田島の視線にびくっと震えて、しかし三橋はコクリと首を縦に振る。こうなる
とこの子はなかなか頑固で性質が悪い。
「じゃーねー…」
花井の言葉を無視して田島は思案し、目をキラリと光らせた。三橋をビッ!と指さして。
「阿部に、嫌がらせしてくる!」
「うっ、うっ、おっ!?」
三橋は目をまんまるにして、ぱちぱち瞬きする。
「あ゛〜〜〜っ、またそういう…!」
キャプテンは頭を抱えた。やっぱりコイツはロクなこと考えてはいない。天才的にトラブルメイカ
ーだ。
頼れる副主将にちらと目を向けると、にこにこしてやりとりを眺めている。とても楽しそうだがオ
ーラが黒い。何を考えているかおおよそ予想がつき、キャプテンは切なくなった。栄口は三橋が傷
つくようなことは決してせず、しかしだからこそそういうことをしようとした輩には鉄槌を下しに
かかるのである。助かっているといえば助かってはいるのだが…。
「じゃ、じゃあ、行ってきま、す!」
「ってオイ…!?」
はっきりやめろと言われなかったためか、三橋は顔を青くさせつつも部室のドアに向かってとてと
て走ってゆく。花井の呼びかけも届いていない。
「待っ…!」
ガチャ、と扉が開き。
「何やってんだ、お前ら」
いいんだか悪いんだか判別不能なタイミングで、部室に阿部が入ってきた。今にも出て行こうとし
ていた三橋は急ブレーキをかけて阿部の目の前で止まり…たかったが止まれず、阿部の胸にぶつか
る。
「うっ、おっ」
「どうした三橋…そんなに俺に会いたかったのか?」
「「「「「「「「それはない」」」」」」」」
全員でのツッコミの軽くスルーし、阿部は無駄に三橋にベッタベタ触りつつ抱きしめ、部員らを睨
む。
「お前ら、俺の三橋に何かしたんじゃねえだろうな…」
「そんなんじゃねーよ。阿部のじゃない三橋が阿部に言いたいコトあるんだってさ。な!」
もっともな田島の言葉に、怒られるのではと震えつつ阿部の胸にしがみついた(というか半ばムリ
ヤリしがみつかされた)三橋は顔を上げて阿部を見た。上目遣いに阿部のノドが鳴った。栄口のに
こにこが見事に収まる。
「阿部く…あ、あの…」
「……水谷、何やってんだ」
花井の小声の問いに、イスの下に隠れた水谷は当り前のように返す。
「阿部対策」
「それは賢明なことで」
「なんだ?三橋」
阿部は三橋以外の人間曰く「あまりに胡散臭い笑顔」で優しく尋ねる。念には念を、ということで、
栄口はバットを上段に構え、泉は硬球を握りしめ、西広は窓を開けて逃走経路を指差し確認した。
至って自然体な天才田島様以外のその他の面々は、とりあえず頭の中にサードランナーを思い浮か
べるにとどまる。
阿部の胡散臭い笑顔も三橋相手だと効果があるようで、西浦のエースはぱっと華のような笑顔を見
せ、しかしこれから嫌がらせをしなければならないので眉をハの字に下げた。
「あ、あのね、あべくん…」
「うん?」
「ごっ…ごめんな、さ、い!」
――何だ何がくる何でくる!?
身構えた花井の目の前で。
あろうことか。
ちゅ。
三橋は、阿部の頬に、小さく可愛らしい、キスをした。
「「「「「「「「……」」」」」」」」
「……あ、あう…」
真っ青になって俯く三橋を見て一同は押し黙り。
「…っ、三橋――っ!!」
三橋に襲い掛かりかけた阿部を栄口がバットで殴り飛ばし泉が恐ろしい速度の硬球でトドメをさし
(間近で見た沖と巣山曰く150キロは軽く出ていたらしい)田島が神業的フットワークで倒れ伏
す阿部から三橋を救い出した。ちなみに水谷は驚きのあまり立ち上がろうとし、イスに頭を強打し
て悶えている。
花井は慌てて、田島の腕の中で目を白黒させている三橋に駆け寄った。
「な、なんでキス!?」
もしかして今のがキスだと知らないとかそういうことなのか、いやしかし三橋ならあり得るかもし
れないけれど、ならばどう説明するべきなのかうんぬん…という思いが花井の頭を駆け抜ける。
しかし。
「だっ…だって、イヤガラセ、だから…!」
花井は三橋の返事にがっくり肩を落とした。
本当にこの子はいかに自分が好かれているか微塵もミジンコほどもわかっちゃいない。そりゃフツ
ーは男にキスされたら嫌かもしれないが、相手が三橋なら阿部はもちろんいろんな男共にとって大
歓迎なのである。
「ご、ごめんなさ…」
「わかったわかった、もういいから…」
涙目になってきた三橋を見、花井はぽんぽんと三橋の頭を撫でた。頬をファブられて(ファブリー
ズされて)いる阿部を視界の端にとらえつつ。
――その日から西浦高校野球部部室の壁に、「嫌がらせ禁止」の貼り紙が貼られたのはまあしょう
がない話であり。
何を勘違いしたのかトランプを持って三橋を追いかけまわす西浦の正捕手やら四番やら武蔵野のピ
ッチャーやら三星のエースプラスαが湧いてきては、笑顔の副主将とキツい瞳のそばかす少年の撃
退を受けるのは…どうしようもない話なのでありました。
終われ…!
すみませんギャグを書こうとして失敗しました…orz
07,08,29