リトルガーデン・ビュー
「つなさまー」
間延びした声が庭に響く。
ツナは薄茶色の髪を風になびかせ振り向いた。
屋敷の白壁の陰から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ青年だった。ツナよりだいぶ背の高い彼はこじんまりしたかわいらしい庭の細々したものを踏まないように「よっ、とっ、」と避けながら噴水の前のツナの元へと辿り着く。
「遅かったねえ、山本」
のんびり言うと山本と名を呼ばれた青年はあははと笑った。穏やかな笑顔がツナを包み込むように広がる。実際彼はツナより頭二つ分は余裕で背が高かったので、見下ろすために少し腰を折ると包まれているような気分になった。
「つなさま、隠れるのうまいのなー。今日は十五分も捲かれちゃったしなあ、俺」
「ふふ、今回は頑張ったもん」
ころころと笑われて山本は笑顔のままに頭を掻く。
本来ならばこの島の将来を託されたツナには十分な教育を施さなければならない。そのために山本が呼ばれたのであり、山本の役目は次代のシチリア統治者としてツナを育て、一生と命をツナのために捧げるというものであった。
けれどもこの不思議な少年は、シチリアの王などには興味がないと言わんばかりに個人授業から抜け出し習い事から逃げ出した。初めは手を焼いたけれど、今はもうそんなこともなくなったのだが。
ツナのために作られた庭は周りを木に囲まれ、中央に小さな噴水が据えられた山本には狭い場所だった。地面に敷き詰められた煉瓦の端々から這い出て咲く名もない花々がツナのお気に入りで、踏んだりすると本気で怒られるため山本は気を付けている。
本当にそれだけの庭なのだけれど、ツナにとっては大切な大切な世界で。だから逃げ出すたびにここへ来るのだろう。逃亡はいつも、しばらく屋敷の中で追いかけっこをして、「もういいな」とツナが思うと此処へやってきて、終わる。そんなんだから山本はいつも、ツナには敵わないなとひとりごちては嬉しくて堪らなくなるのだ。
大好きな、大切な生徒に敵わないのだから、それはもう誇りと言ってもいいだろう。(山本の上司兼同僚である赤ん坊の殺し屋は呆れてものも言えない、と言うかもしれないが)
噴水が太陽の光を受けてきらきらきら、と水を輝かせた。ツナはそれを楽しそうに見つめて、水の欠片を頬に浴びる。まるでツナ自身が光っているみたいで、山本は目を細めた。
「つなさまは、きれいだなあ」
「えぇ?」
きょとんとした瞳に見つめられにっこり微笑むと、ツナははっとして視線を逸らした。
今まで誰も此処への侵入を許さなかったツナがなし崩し的に許してしまったのはこの笑顔のせいなのだ。
ツナは別にそれまでの家庭教師達が嫌いではなかったけれど、彼らはツナに嫌なことを押し付ける役割を担っていたので庭に連れてくるという選択肢が始めから無かった。
なのに山本という青年はすんなりそれをやってのけた。初めての授業が野球だったことからも彼が普通でないことは明白で、それでもここまで親密になろうとはツナも想像していなかった。
そしてそれは確かな恋心となってツナを揺るがす。
色々なものが邪魔をする恋だけれど、それでもいいとツナは思った。今までのんびり最低限のことしかしない人生を歩んできたからそんな面倒なことをするのは初めてで、それが単に興味深かったから、かもしれない。
ツナはむっとした顔で山本を見上げた。むっとしている、と言っても決して怒っている訳でも機嫌が悪い訳でもないのがポイントである。
「その、つなさまっていうの、やめればいいのに」
「えー、そうもいかないなあ」
俺は家庭教師だしととぼける山本に、大人って卑怯だと思いながら噴水の縁へと腰かけた。
倣って座る山本にずいっと顔を近付けて。
「だってここには、俺と山本しかいないんだよ?」
少しばかり挑戦的な台詞に瞬きをして、山本は嬉しそうに笑った。
そうだなあ、俺ら以外誰もいないもんなあ、と言って、そっとツナの頬に触れる。
きら、と、水が跳ねて視界がぼやけた。
触れた唇はあたたかく、そしてほんのちょっとのキスだった。
山本がツナを抱きしめて、ここってば狭いから、こうしてないと二人でいるのは大変だな、と笑うものだから、ツナは抱きしめる理由としてはいかがなものかと思いながら微笑んだ。
「じゃあ、俺がおおきくなっても二人で来れる様な庭にしようっと」
そうして未来の主人が調子外れの鼻唄を奏でるのに合わせて、山本は目を閉じた。
瞼の裏に、ちょっと広くなった庭と美しい彼の主人が笑うのを見た。
終
匿名の方より、パラレルで十年後山本×現代ツナのラブラブを!
こんな感じで良かったでしょうか…!山本がツナの家庭教師だったら、というお話でした。一応原作の年齢設定のつもりで書いたのですが、ちょっとツナが幼すぎたかもしれません^^;
素敵リクありがとうございましたv宜しければお持ち帰り下さい。
08,11,16