ごめんねミュール


 情けない。そう思って直ぐ後に思い浮かんだのは、もしかしたら。
 そしてまさか、と首を振る。いくら変わったとは言え、三橋に自分を連れて行く程甲斐性があるとは思えない。優しい子ではあるけれど。
 心配した三橋が百枝の顔を覗き込んだ。昔は目を合わせるのも駄目な子だったのに、と妙に感慨にふけってから手をひらひら振ってやる。
「大丈夫よ。ちょっと転んだだけ」
「あ、で、でも…」
 靴が。
 三橋の言葉と落ちた視線を追いかけると、百枝は息を飲んだ。ミュールの紐が切れて、ギザギザの切り口がこちらを向いている。
 これだから慣れないものを履くんじゃなかった、と百枝は下唇を噛み、新品のミュールを乱暴に脱ぎ捨てた。今日のために買ったのに、せっかくのデートなのに、台無しだ。
 三橋が慌ててミュールを取ると、そっと持ち上げて切れた箇所を確かめる。
 覗き込むその仕草や陰を作る睫が女の子みたいで、百枝はちょっと見惚れた。
(あたしのが女なのにね)
 でも「女の子」ではない。
 それを噛みしめるたび、三橋に気づかれないようにため息をつく。
 女の子じゃ、ないのだ。
「監督」
 三橋の心持ち高めの声が百枝を呼ぶ。
 大学生になって声変わりをしても、三橋の声は良く通る。前はあまりはっきり話せない少年だったけれど、きちんと言葉を発する青年になってわかったのは、三橋の声は意外と良く響くのだと言うことだった。
 三橋の顔を見上げると、泣き虫で気の弱いエースの姿は無い。
 ハの字を描いていた眉は優しく丸みを帯び、笑顔もだいぶ柔らかくなっている。
「監督。行きま、しょう」
 百枝に背を向けて乗るように促す三橋に、百枝は驚いて呆けた後小さく、うん、と頷いた。


 自分は彼に似合うような、可愛らしい女の子じゃないけれど。
 この少しだけ広くなった背中は、他の誰のでもないということ。


「かん、とく?」
「…なんでもないよ!」


 こっそり笑ったら聞かれたので、豪快に笑って誤魔化した。
 手の中のミュールは、三橋君に履いてもらおう。








ナナシさん。さまより、モモミハ卒業後で両想いか片想いでほのぼの。
空月が食いつく素敵リクをありがとうございましたv宜しければお持ち帰り下さい。







08,08,09