遠距離恋愛?
朝から真田の様子がおかしい。
それが薬師高校野球部全体に広がるのにそう時間はかからなかった。なぜなら薬師の野球部は何百人も部員を抱える強豪とは一味も二味も違い、甲子園を目指すにしては極端に部員が少なかったためである。部室で大声で秘密が叫ばれようものならその瞬間ほぼ全員に行き渡るという被害者にとってはマジ泣きの便利さが光る。(第一被害者→ミッシーマ)
それはともかく、真田の様子がおかしいというのは不思議な話だった。昨日練習を終えたときには普通だったし、その後皆で下校するときも馬鹿話に華を咲かせ笑っていて、不動のエースはそれこそそのままであったのだ。だから真田に何かあったのだとしたら、昨日家に帰ってからということになる。
様子がおかしい、と一口に言っても色々あるが、真田の場合すこぶる機嫌が良さそうだった。それなら問題なさそうに見えるが、ときどき携帯を取り出してはぼんやり微笑む姿はどう考えても奇怪で、ベンチにいるところに無防備にも近寄っていって携帯を覗き込んだ雷市は鉄拳を食らうという世にも珍しい事件が起きた。その後息子バカの監督に怒鳴られるもどこ吹く風。やっぱりときどき思い出したように笑う彼は、傍目に見るとちょっと怖い。
けれども練習の凄まじさ、ボールのキレ、のようなものは普段以上で、調子が良いのだということも良くわかった周りは、派手に刺激しない方がいいんじゃないか?とちょっと思ったりした。
しかし、しかしである。これだけの変化を真田にもたらしたものが何か、気にならないはずがない。それも携帯が関わっていると言うのなら、その変化に関わった何者かがいるはずである。間の抜けた顔から察するに、女の影が見え隠れ…と部員一同(引く雷市)が思っても仕方ないことだった。
「なあ、真田」
ダウンを終えた瞬間声をかけられて、真田は横で一緒に練習していた部員を見やる。あれだけ激しい練習の後だと言うのに、その顔には余裕の笑み。
これが彼女効果か…!?と周りが息を飲む中、件の部員が恐る恐る尋ねた。
「あのさ…今日一日調子いいみたいだけど、なに、いいアドバイスでも貰ったのか?誰から?」
早く知りたいという思いが先走ってしまい半分棒読みのかなりいい加減な台詞だったが、真田はああ、ととても爽やかな笑顔で笑った。
「まあアドバイスっていうか…すげー嬉しいメールが来てな?んで、練習に力入っちゃっただけだって」
「おーい真田!んなコトでいちいち力入れんなよ!」
外野から堂々と二人の会話を聞いている雷蔵の声が響いたが、真田は珍しく無視して話を進めた。
「んでな?そのメールの相手なんだけど」
「え、ちょ!待て!もしかして恋人とかって言わねえだろうなっ!?」
そばで聞いていた部員が叫ぶと他のほぼ全員の視線が真田に集中した。
さすがの彼もちょっと驚いたようだったが、ふっと口角を上げるとまあなと自慢げに笑った。
「「「え―――っ!!」」」
その場に叫び声が響き渡った。
真田はエースというだけでモテるしそれでなくても整った顔と高い身長の持ち主であったから今更驚くというのもおかしな話だったが、これまで彼女がいる雰囲気のまるでなかったこの男にまさか、と一同はヒュー!と歓声を上げたり紹介しろ紹介しろ紹介しろと念仏のように唱えたりとにかく言葉が出なかったりでてんやわんやの騒ぎとなった。雷蔵がてめえらとっとと帰れ!と怒鳴り、これはお祝いだ炭酸で酒盛りだと飲み会の予定まで組まれそうになった。
その矢先、どこかからか携帯の着信音のようなものが聞こえてきた。
「あ、俺だ」
そう言ってベンチに走ったのが真田だったため、皆件の彼女に違いないといそいそ後に付いて行った。
真田は携帯を確認するとそれこそ蕩ける様な笑みを浮かべて、振り返った。
「あ、もう…俺、幸せで死ねる…」
「なんっなんだよ!?だからどこの誰だその子!」
「何!何て書いてあったんだよ!」
真田が満面の笑顔で差し出した携帯に、皆釘づけになった。
が、次の瞬間、場に微妙な空気が流れた。
「…真田、これ」
「うん?俺の彼女からのメールだけど」
「いや。いーやいやいやいや。これ、差出人『沢村栄純』じゃん。男じゃんどう見ても」
「さわむらえいじゅんっ?」
遠くでバナナを食らっていた雷市が顔を上げて近寄って来た。漢字がわからないので平仮名発音だが、雷市はすぐにわかった。青道の、あの時の面白い投手だ、と。
「真田先輩知り合いだったんすか?」
「え、知り合いっていうか、まあ、なあ」
「にやけるな!っていうか文面だ文面!」
また別の部員が差した携帯の液晶画面を雷市が覗き込み首を傾げ、ちょっと気になっていた雷蔵も覗き込んで石化した。
from 沢村栄純
題 本当ですか?
そんな風に言ってもらえて嬉しいです。俺も、真田さんのこと、好きですから。
えっと、うちのムカつく捕手にエンキョリなんてうまくいかないって馬鹿にされたんすけど、そんなことないですよねっ?
エンキョリレンアイ、頑張りましょうね!
「はあああああ!?」
「あー栄純ほんと可愛い…!」
雷蔵の絶叫の後に真田の惚気た声を聞き、雷市は首を傾げて放り出された携帯を拾い上げた。
「あいつ、遠距離恋愛の意味、わかってんのかな?」
至極真っ当な雷市のツッコミはその場の誰にも届かず、とりあえず薬師に激動の日々の幕開けを告げただけだった。
終
相互記念のおまけとして(笑)<グロリアスパレード>の瀬名様に捧げさせて頂きます!完全な押し付けなのでいらなかったら無視してやって下さいね!
こういうくだらない話が大好きなので久しぶりに書いてやっぱり楽しかったです…!薬師は楽しいチームだと信じているのでこういうのもアリかな、と…。おまけの方が力入ってるって?そんなはずは!
真田さんがかっこ良くなくてすみませんでしたー;
08,09,25