なあ沢村、ちょっと黙れ?
そう言った御幸の声音はどこか楽しそうで、本気で制しているのではないと栄純にもすぐ知れた。どっちかと言えば何かを企んでいるときの声だ。
その企みによって酷い目にあってきた栄純は、胡散臭いと言わんばかりに、肩を掴んだ御幸の手を引き剥がす。
「何するんだよ!」
「あっはっはっ!や、お前反応面白いからつい?」
「つい、じゃないっ!からかうなー!」
吠えるように言ってもいくら暴れても御幸はどこ吹く風。はいはいと適当に返事をし、また栄純の肩に手を置いた。
びくり、その肩が震えたのが伝わってくる。
――強情め。
内心苦笑するけれど、御幸は始めから長期戦を覚悟していたからこの程度でへこたれることはない。もっとも彼の性格を良く知る倉持等から言わせれば、御幸一也がへこたれるという事象を見たことがないということになるが。
御幸は俯いた栄純の顔を覗き込む。栄純は目を見張って抵抗しかけたが、真っ直ぐに見つめられると身体が上手く動かなくなった。
いつもは自分がしているクセに、と御幸が笑うと慌てて目を逸らす。
「沢村ー?」
「なっ、なに…だよ!」
「可愛い反応はいいんだけど、ちゅーしにくいから大人しくしてくんねぇ?」
ちゅー、と、その単語を脳内リピートした瞬間、栄純はスイッチでも押したみたいに真っ赤になってへろへろとその場に座り込んでしまった。
顔を上げない栄純に、御幸は頭を掻く。難攻不落とはよく言ったものだ。
可愛くて可愛くてたまらないけれど、ここまで初心だと困ってしまうこともあるのかと、新たな発見をしてみたりして。
しかし、相手が御幸一也だったことは幸か不幸か栄純にとっては一歩踏み出す契機になる。彼の性格を良く知る倉持等から言わせれば、御幸一也がへこたれるという事象を見たことがないのだから。
――手懐け甲斐、かな?
御幸は不審なことを考えながらしゃがみこむと、栄純の両頬を手で包み込んだ。また身体の震えが伝わってくる。これで忌避でなく緊張だと言うのだから今時珍しい。
ちょっとだけ力を込めて顔を持ち上げると、栄純の濡れた瞳が御幸を映した。
――な、
今にも涙が溢れ出しそうな大きな瞳に、不謹慎だが見惚れてしまう。
黒曜石を思い切り磨き上げたような瞳は綺麗で、涙で揺れて余計に艶やかさを増した。
「なあ」
栄純の口が動く。
「おれ、あんたのこと、す……キライじゃない…けど、」
「……」
「でも…んなことしなくたっていいじゃん。わかってんだから…!」
――俺がお前を好きでお前が俺を好きなことはわかってる、か。
事実だけで満足できるレベルをとうに超えてしまっている御幸と比べると、栄純はまだ子ども思考だ。栄純にとって大事なのは好きという事実。
御幸からすると、その気にさせる自信は有り余るほどあるのだけれど。
「沢村」
「…うん」
言ったことが恥ずかしかったらしい栄純は御幸の手をすり抜けてまた俯いてしまう。
きっととても可愛い顔しているに違いないのだ。
「別に急いては事を仕損じるわけで、俺ももうちょっとお前に合わせてやりたいんだけどほら気持ち的には前向きだし俺、何よりいい加減他の奴らが危なくて気が気じゃないというか、時には既成事実も大事だよって思っちゃうほど俺も本気というか」
「…?」
意図が取れず見上げると、彼はいつの間にか眼鏡を外していた。
珍しい顔にほんのちょっと、本当に本当にちょっとだけ見惚れていると、
「だからさ」
御幸が自分の眼鏡を栄純にかけた。
「え、」
視力の良い栄純が視界の揺らぎとぼやけに目を細めた瞬間、御幸の顔がよく表情のわからないまま目の前に来て、
「ハードル下げてやるから、我慢な?」
口に温かい何かが触れ、すぐ離れた。
「!?」
栄純が真っ赤な顔で口をぱくぱく開閉していると、眼鏡がズレて右目だけがはっきり視界を得た。
目の前では彼が非常に白々しい顔で笑って。
「眼鏡落としてクラッとしちまった。わりぃなあ、沢村?」
ケロッと偶発を装いやがった。
ハードルをぐんと下げて
そんな馬鹿はビンタだって軽い!!…とは、栄純の談。
終
相互記念に<ヨネマ屋>の米坂まあさ様に捧げさせて頂きます!リクは「御沢」でした。
初めてきちんと御沢を単品CPとして書いたのですが…いかんせんうちの御沢はよそ様の素敵御沢と路線が違って困ります。可愛いツンデレ栄純がいなくてごめんなさい!
眼鏡を外して栄純にかけさせてキス、というのがやってみたかっただけなのです…すみません。
米坂様、初・御沢を押しつけてしまってすみません!返品可です!
では、相互ありがとうございましたvこれからもどうぞよろしくお願いしやす!!!
08,7,7(七夕だ!・笑)