別にいいけど




 俺の恋人は、大概俺に甘い。
 それは単にアイツの性格に寄るものなのかもしれないけれど。




「沢村ー」
 御幸が呼ぶと、栄純は雑誌から顔を上げた。
 手招くと不思議そうに首を傾げる。そんな仕草が可愛らしい。
「なんすか?」
「いいからいいから」
「はあ…?」
 そもそも手招かれてもどうしようもない。だって栄純は彼の(正しくは彼と彼以外の二人の)部屋にいて、クッションに寄りかかってくつろぐ彼の真正面、メートルでなくセンチ単位の近さにいるのだ。
 これ以上、どうしろと?
 雑誌を閉じそばに置き、身体を浮かせながら考えて――栄純はまさか、と身を引こうとした。
 しかし時既に遅し。
「逃げんなってば」
「うわあっ!?」
 栄純の身体は御幸の手によって前に引き込まれ、抱きかかえられてしまった。
「ちょっ、御幸放せ…!」
 そんなに体格差があるわけでもないのにすっぽり閉じ込められてしまう。
 はじめは抵抗を試みていた栄純だったが、押しても引いてもびくともしない腕にめ息をついた。
 これが一年の差なのだろうか。ちょっと悔しい。
「あれ、ギブアップ?」
 嬉しそうに弾んだ声を上げる御幸から視線を引き剥がした。
「ムカつく…!」
「あっはっは、ならもう少し食べた方がいいな〜力も出ないぞ〜?」
「ひゃ…っ、どこ触ってんだバカ!バカ御幸!」
 まだまだ未成熟な身体を探る手を栄純が叩く。勿論本気で叩くはずがないことを御幸は理解している。栄純の本気ビンタはこんなものではない。
 ――赤い顔も。
 怒ったような声も素直にならない仕草も。
 全部が全部、御幸を甘やかす。
 そして散々甘えた後に、栄純は呆れたように言うんだ。
 ――別に――
 そう、彼のすべてを許す笑顔で。
 栄純はとろけるような、野球では決して見せないような顔の御幸を見つめた。彼がこんな表情になるのは付き合っている自分の前だけで、それは素直に嬉しい…のだが。
 御幸の手が頬に触れ、親指が唇に触れる。栄純の瞳が揺れた。
「なあ、さわむ――栄純」
 付き合いはじめてから使うようになった名前呼びは、これでなかなか慣れないものだ。
 耳元に故意に息を吹きかけながら。
「キスして、いいか?」
 至極真面目な顔で尋ねる御幸に、栄純はかあっと赤くなると目を伏せた。
「別に、いいけど」
 ――ほらやっぱり。
 すぐに顔を引き寄せ唇を貪る。口内に差し入れ絡ませた舌が水音を上げた。
 苦しそうな必死な顔の栄純の腰を引き寄せて、このままどこまでいっしょになれるか考えてみたりする。



 きっといつか押し倒して、いいか、と尋ねるそのとき。
 この甘い恋人は、やっぱり呆れたように、ほんのちょっとの期待を込めて、言ってくれるんだろうと思う。

 別にいいけど、って。












相互記念に<Nostalgia>の柴田コウ様に捧げさせて頂きます!リクは「御沢」でした。
もう本当に御沢って難しい…!空月ごときが書いていいのか不安でたまりません(苦笑)
栄純は御幸に何されてもこんな感じで許しちゃうんじゃないかなーというどうしようもない妄想でした。

相互ありがとうございました!これからもどうぞ宜しくお願いしますv







08,10,06