煙草のにおいが鼻を突いて栄純の眉間に皺が寄る。嫌い、という程に感慨は無い。ただ、苦いそれは、彼には似合わないと思う。
吸うなよ。短く言って見上げると、降谷の静かな視線に抱きととめられた。
二十歳を越したばかりの青年の瞳は優しく栄純を捕らえた。
「どうして」
「どうしてって」
身体に悪いだろ、と言うと、そうだね、と素直な台詞が返った。じゃあやめろよ。
栄純の咎める声に降谷は笑う。
「だめだよ」
「なんで」
「ずっと」
「ずっと?」
うん、と彼は頷き、壁に押し付けた二十歳を越したばかりの青年…と呼ぶには少し幼い彼の頬に触れた。
口の中は苦味に溢れ、今にも目の前の甘さに食い付きそうだった。
「僕が吸うたび、君は注意してくれるよね」
「な」
「離れても。テレビの向こうになってもさ」
栄純はきょとんと降谷を見上げ、暫くそのまま穏やかな彼を見つめてから、ばかあほ、と呟いた。
降谷の左手で煙を上げる煙草を見下ろし、消せ、出来ないならそこ置け、と放って顎でテーブル上の灰皿を指す。
降谷が何回か煙草と灰皿と栄純の間で目を動かし、消さないように注意しつつ灰皿に置いた。灰がほろりと銀皿に零れ落ちた。火種はまだ芯を燃やし続け、半ばまできても細く頼りない煙が上がった。
降谷を見上げ、未だ縮まない距離にいい加減辟易、と栄純は息をつく。
心も体も、何時までも遠いままだ。
「降谷」
「うん」
「どうすればいい?」
「え?」
「どうすれば俺がお前のことが好きで、ずっとずっと側にいるって、信じてくれんの?」
まっすぐ痛い黒い眼が細められ、なぁ降谷、聞いて(んのか!)、で降谷は首の角度を変えた。ほんの少しだけ。
塞がれた唇を解放された瞬間、栄純の唇がぺろりと舐められた。
目を開けて見えた降谷の顔は、嬉しそうに嬉しそうに輝いていて。
「吸うなよ」
「やだよ」
「ばか」
「いい?」
栄純は言葉を詰まらせてから、うん、いい、と言った。静かで決心に満ちた、確かな声だった。
重なった二人の側でくゆる煙は、あと数分で消えるだろう。
煙が消えたら出発しようか
降沢
08、11、21