「久しぶり」



 なんて声をかけていいのかわからなかった。だからそう言ったのだけれど、相手は驚いたようだ。まるい目がますます丸くなって、まじまじと降谷を見つめる。金網を掴んだ手が離れそうになる。
 慌てて取り繕うように――とは言っても、そんな風には見えないのだが――降谷は弁解しようと口を開いた。



「一昨日いたのに、昨日はいなかったから」
「へ…あ、ああ、うん」



 少女は頷く。なぜ知っているんだろうと訝しげな顔をした。
 降谷の目の前、金網の向こうには彼より頭一つ分は小さな少女がいた。青道の制服に身を包んでいるが、一年生らしい彼女は着ているというより着られているといった感じで、身体に合っていない。
 女の子にしては短い真っ黒な髪と、大きな黒い瞳。
 結ばれていた唇が動いた。



「お前…もしかして、降谷暁?」



 今度は降谷が驚いて瞬いた。彼女のことは彼女が初めて見に来てから気付いていたけれど、こちらのことを知っているとは思ってもみなかった。
 ぽかんとしていると、そんな彼がおかしかったのか、少女は吹き出した。
 あ、笑った、と降谷は思った。
 ただただじっと練習風景を眺めているのしか見たことがなかったので、笑顔は新鮮だった。太陽のようなきらっとした笑顔で、春先だというのに夏が到来したみたいだ。思わず目を細める。



「春っち…あ、俺の友達なんだけど。春っちから噂は聞いてる」
「…小湊春市?」



 同じクラスのなかなかしたたかな一年を思い出す。いつこの子に会ったんだろうと思っていると少女は首を振った。



「春乃だよ。野球部のマネージャーなんだけど、知らないの?」
「うん…興味ないし」



 素直に言うと少女はあからさまに嫌そうな顔をしたが、春っちが言った通りだと納得したようでもあった。



「すげー速い球投げるけど、ヘンなヤツだって」



 そう言って金網を掴んでいた手を離す。



「行っちゃうの?」
「邪魔なんじゃねーの?」



 問い返されて慌てて首を振った。そんなの思ったこともない。
 そして降谷は尻のポケットに手をやった。急いだのと震えたのでうまく取り出せず、それでも四つ折りにした紙を引っ張り出す。
 金網の隙間に紙切れをねじ込む降谷を、不思議そうな目で少女は見つめた。



「野球、好きなら」



 つかえながら降谷は紙切れを差し出す。



「もっと近くで、見ればいいんじゃないの」



 少女は降谷を見、紙切れを見、そっと手に取って開いた。くしゃくしゃになったマネージャー募集の紙を。
 もう一度降谷を見て、少女は笑った。



「ありがとうな」
「ううん、ねえ君、名前」
「え?俺?沢村栄純」



 さわむらえいじゅん。漢字変換は出来なかった――が、覚えた。絶対忘れないように繰り返す。



「さわむらえいじゅん」
「そ。よろしくな、降谷!これで俺らもう友達だから!」



 にっと笑った顔はとても可愛らしい。
 友達。その言葉に降谷は納得した。この気持ちは友情なのか。そうなのか。
 こちらこそよろしく、と律儀に言おうとすると、背後から怒鳴り声と一緒にボールが飛んできて、降谷のすぐ右の金網に衝突した。ガッシャアアン!と物凄い音を立てる。
 びっくりして固まっている栄純に、珍しくほんの少しだけ微笑んだ。



「よろしく。さわむらえいじゅん」



 言ってすぐさまボールを拾い上げると、栄純に背を向け走った。





男女間の友情
 降沢(※栄純女体化注意)




08,09,13