え?聞き間違いかと思って春市は目を見開いた。いつも前髪で隠れている瞳が、思わず栄純を映し出す。


「?どうかしたか、春っち?」
「え?えぇ?や、別に…?」


 自分でもかなり動揺しているとわかっていたが、栄純はそれには気付いていないらしい。不思議そうに首を傾げただけで、また目を窓の下に戻した。
 窓の下、校舎と校舎の隙間には、降谷と、誰かはわからないが女子生徒の姿。
 壁を背に立っている降谷の顔は見えない。女子生徒の方は、可愛らしい顔を懇願に歪めて、じっと降谷の答えを待っているようであった。何が起きているかは明白極まりない。
 どうするかな、降谷。ぽつりと栄純が言う。
 春市は、あの友人は間違いなく君が好きだよ、と言おうかと思ったが言わずに、さあ、とはぐらかした。


「とりあえず、俺の方が甲斐性はあると思うけどね?」
「同感。あ、抱きつかれてやがる」
「ムカつく?悲しい?」
「うーん……どうなんだろ?」


 なんとなくもやもやする、と答えたくて春市を見たら、唇を奪われた。
 すぐに離れたものの、衝撃は後を引く。


「びっくりした…」
「あはは、それ、あんまりびっくりしたようには見えないよ?」
「そーか?…あ、降谷がいない」


 窓の下を覗き込むと、女子生徒が座り込んでいるのが見えるだけだった。俯いて表情は見えないが、色良い返事をもらったわけではないのだろう。
 栄純は憤慨して、鼻息荒く口を開いた。


「あいつヒデーな!」
「え、それ栄純くんが言う!?」
「え、だってさ、」


 女の子泣かせるなんて、と言いたくて春市を見たら、彼の瞳が歪んだのが見えた。


「だめ」


 低い声の後に、栄純の後ろから腕が伸びて、栄純を抱きしめた。


「なっ…離せ!降谷!」
「非道いんじゃないの、小湊」
「さあ、なんのこと?」





 見せつけるようにキスをするのはたいへんだったんだよ?
 存外強い春市の手が、栄純を取り戻した。





俺にしとけばいいのに
 降→←沢→←春




08,06,08