「降谷」
 買出しの最中、掛けられた声は確かに聞き覚えのあるもので、降谷は反射的にそちらを振り返り、次の瞬間後悔した。
「久しぶり。元気、みたいだな」
 へら、と微妙な笑みを浮かべる相手に、こちらも固い――と言えるのはこちらに来てから多くの表情を浮かべるようになったからで、あちらにいたとき、つまり目の前の少年が知っていた頃の自分からすれば地顔と言えるものだった――顔でそうだね、と返した。
「なんで、こっちに?」
 少年――元チームメイトの同級生は親戚の法事がこっちであってさ、と言った。
「そう言やお前、結構すごいみたいじゃん?頑張ってんな」
「……うん」
 別に、向こうにいたときから降谷は降谷に出来る全てのことを頑張っていた。ただそれを「ヘン」と言って排除した相手にそう言われるのは何と言うか、お門違いな気もしたが、黙っていた。
 そんな降谷に苦笑を浮かべて、まあ、と相手は軽く言った。
「お前昔から才能あったし、当たり前かもな」
「……、」
 違う、と降谷は思った。さいのうって、何。確かに自分は高い背も速い球も飛距離も持っているけれど制球力もスタミナも技術も足りないし、大体自分くらいの『才能』なら持っている人間はいくらだっているのだ。確かに良い『素質』を持っているかもしれないけれど、決して特別な、『天才』ではない。その上に胡坐を掻いていて許されるような『才能』なんて、自分の中には――否、この世の中には存在しない。
 何より、その言葉をそんなに軽々しく使われたことに降谷は紛れない憤りを感じた。君が。君たちがそれを言うの。努力する僕を笑って除け者にした、君たちが。
 そうだね、と適当にかわすことは彼には出来なかった。自分が決して口が上手くなく、ここが往来と言うことも忘れて、降谷は違う、と口を開きかけた。その時。
「――何してんだ」
 涼しいアルト。相手の後ろ、数メートル先に立っていたのは、一緒に買出しに出かけた、少年。
「えいじゅん、」
「暁。誰これ」
 く、と彼、栄純は顎で降谷と自分の間に立っている少年を指す。確かに両手は荷物で塞がっているけれど、いつもの彼なら決してしない仕草だった。
「僕の、中学のときの、チームメイト」
 たどたどしく答えると、ああ、と栄純は納得したようだった。「そっか。あんたが」
 呆気に取られている少年を追い抜かして、栄純は降谷と彼の間に立った。身長は同じくらいだったけれど、厚い冬物の下からでも判るくらい、身体の鍛えられ方が違った。じろりと少年を睨む。大きな黒蜜色の眼。美しいぶん、人に畏怖を抱かせる瞳。相手は身を竦ませた。
「な、何だよ」
「何だよ、はこっちの台詞だ。知り合いっぽいから黙って見てりゃ、あんた、暁に何言ってんだ」
 は?と少年は眉を寄せる。降谷はぱちりと瞬いた。
 栄純は一瞬降谷を横目で見て、言った。「こいつ、泣きそうじゃんか」
「は、」
「っつ、」
 降谷はきゅうと唇を噛んだ。栄純は続ける。
「あんたらがこいつに何したかはどうでもいいよ。つかあんたらが悪かったとも思わねーし。――でも、今のこいつはあんたらのとこの『怪物君』じゃない。うちのピッチで、仲間で、――俺の、片割れだ」
「え、い」
「『才能』なんて言葉軽く使うんじゃねえよ。暁がどれだけ努力してきたか知らないのに、暁のこと解ろうともしなかったのに、――暁のこと、知ってるみたいな口利くな」
「……っ、」
 口をぱくぱくさせた相手に一瞥もくれずに栄純は行くぞ、と踵を返した。それに従う。
 店が多く立ち並ぶ雑踏を抜け、少し人が疎らになってきたところで、「栄純、」と降谷は半歩前の少年を呼んだ。すたすた一定の間隔で歩く彼は振り向かない。
「栄純」
「……」
「こっち向いて、栄純」
「……」
「……栄純」
 はあ、と嘆息して、歩幅を変えて彼の前に回った(コンパスの差の優位、と言うありきたりな言葉をあえて挟む必要性はないと思う)。そして伺った僅かに俯いた彼の顔は、想像した通りだった。
「……栄純、」
「うっ、るせっ、」
 ぼたぼたと垂れ流されている涙を、降谷は空いている右手で拭ってやった。う゛う、と唸る彼は先程の厳しい面影など欠片も残していない。
「君が泣いちゃってるじゃない、どうするの」
「だっでっ、あ、あいつがっ。おまえにっ」
「彼は結構いいやつだったんだよ。ひどい子は口も利いてくれなかったもの」
「でもお前が仲間外れにされてるの止めなかった奴だろ!」
 ふぐ、と泣く栄純にも、きっと解ってはいるのだ。栄純のように「捕りにくい」のではなく、実質「捕れない」球を投げる投手。しかもコミュニケーションに難ありで、彼のようにチームを引っ張っていけるだけの引率力もなかった。そんな相手と付き合うことが中学生と言う発展途上の子供にどれだけ難しいか。
 ――でもたぶん、栄純ならそんな子も仲間って呼んでくれるんだろうな。
 ふ、と小さく微笑んで、降谷は栄純のビニル袋をぶら下げている左手を取った。いつもとは逆だけれど、悪くないと思う。
「泣き止みなよ、じゃないと帰れない」
 先輩たち心配するから、と言えば、解ってる!と返事が返った。
 ぐずぐず泣きじゃくってる少年と、彼の手首を取って歩いている少年。時たますれ違う人が訝しげな、好奇心を含めた視線を向けてくる。降谷はそれを快く受け止めた。
 ――この涙は、降谷の誇りと、絆そのものだから。






ブルーバード

 泣

 た











 メールの着信音が鳴る。降谷は携帯を取った。
 新着、と表示されていたアドレスは見覚えのないもので、はて、と思いながら開ける。
「ぁ、」
 タイトルにあったのは先日会ったチームメイトの名前だった。内容は短くスクロールの必要はなかった。目を通す。

Text:
チーム名簿のやつとアド変わってなくてよかった。

こないだはごめん。


お前に仲間がいて、よかった。

「……」
 ややあって、新規作成を開く。何と打とうかしばらく考えて――おそらく一番相応しいと思った言葉、たった一言を打つ。
 送信、を押した。この言葉に乗せた気持ちは、きっとちゃんと彼に届くだろう。


Sub:
(non title)
text:
ありがとう。















 空気第二弾。この題材を書くにはまだ時期尚早って言うか分不相応って言うか役者が不足って言うかって思いましたが、丁度いい機会かと思ったので。でもやっぱり大事なとこがまだ書けてない。駄目ですね。
 元チームメイト君最初はもっと嫌な子(でたくさん)でしたが、書いてるうちにこうなりました。まあ彼らだって降谷と付き合いあぐねてたんでしょう。でもだからって努力してた降谷を笑うような台詞は許せないのでそこはしっかり栄純に代弁してもらいました。そしてそれに合わせて泣きじゃくって叫ぶはずだった栄純がなんか大人に。赤城のときのようにビンタさせた(出場停止になるからw)。
 本誌でやってくれないかなあ。

by“nichola”
081120
 






ゼニス・ブルーのさとう様のところでフリーになっていたので攫ってきてしまいました第二弾v
栄純の「うちのピッチで〜」の件が好きすぎます。それ以上言うと何だか文章を汚してしまうので黙ります。
素敵なフリー小説、こっそり二つも頂いてすみません…!ありがとうございました!これからも応援しております!













08/11/21