草っぱらでシロツメクサをもぐもぐ食べていると、



「あっ!」



 突然大声がして、腕を掴まれた。







でりしゃすふぉーゆー。







 降谷が目を大きく見開いて太陽の方向を見上げると、目に入ったのは黒一色。降谷は驚いて目を瞬かせた。
 黒い耳、黒いしっぽ、黒い髪に黒い瞳。
 そこにいたのは紛れもなく、狼だった。ただとても小さい。降谷だって今まで一度も狼を見たことのないわけではないから、それが子どもの狼なのだとすぐにわかった。ウサギの降谷よりも小さいのだから。
 その狼は降谷の腕をしっかり掴んだままにかっと笑う。全身真っ黒なくせにきらきら光る笑顔だ。



「おまえ、ウサギだなっ!」
「見ればわかるんじゃないの?」
「う…そう、だけど」



 狼は気まずそうに目をそらし、ちょっと考えてから「何でそんなことで考え込んでいるのか」とおかしい事に気づいたらしく頭をブンブン振った。
 ピンと立った三角の耳が目まぐるしく動いて面白い。



「うるさいっ!そんなのとーぜん、わかるにきまってるだろ!」
「じゃあ、なんのようなの?」
「ふっふっふー」



 ちび狼は胸を張って得意そうに笑った。
 降谷をびっ!と指さすと。



「おれいまおなか空いてるんだ。お前がウサギなら、食べてやるっ!」



 降谷はぱちくり、と一回、瞬きをした。
 それから首をこてんと傾げると、大きな耳がばさっと揺れた。



「どうやって?」
「え。」
「どうやって食べるの?」
「え、と…?」
「痛いのは、よくないと思うけど…」
「うー…?」



 どうやらこの狼、そこらへんをよく考えずにウサギの花畑に迷い込んできたらしい。腕組みをして、降谷と同じようにこてん、首を傾げてしまった。
 狼というのはとても怖いと教えられていたけれど、やっぱりあのひとはうそをついたんだなと降谷は思った。
 それから、そのひとが言ったことだからうそかもしれないけれど、それも実戦しているのを見たことないからわからないけれど、食べる方法を思いついた。



「ねえ」
「う?」
「わかった。食べる方法」
「まじ?」



 黒い目が降谷を見上げる。河原で拾った綺麗な石によく似た瞳がつやつやときらきらときらめいた。
 期待されて悪い気はしない降谷は、こくんと一つうなづいて。
 小さな狼のやわらかなほっぺたに手を当てて、唇に唇を押しあてた。



「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「…あ、」







 ぼくが、たべちゃった?



 ばちいんっ!



 唇を離して尋ねると、狼は降谷のほっぺたを叩いた。
 そしてぼろっと大きな涙をこぼすと、一目散に駆けていってしまった。



「バカー!てめーなんてだいっきらいだーっ!」



 去り際にそんな言葉を残して。
 あとにはシロツメクサの白の中にただ立ち尽くす降谷だけが残された。










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「うわー!うわーん!」
「落ち着け沢村…」
「ふ、ふぐっ、えうっ…だ、だって、クリスせんぱいっ…!」



 腕の中で泣きじゃくるちび狼こと栄純に、クリスはため息をつく。
 一人前になるためにひとりでエサを取ってくると宣言して飛び出していったのはいいが、案の定コレだ。
 それもウサギに馬鹿にされたらしいし…。
 栄純の背を撫でてやりながら、お前にはまだちょっと早かったな、と優しくささやいた。



「あのやろー、いっ、いつっ、かぁ…なぐってやるっ…!」
「まあ、殴るというか…うん、まあ、まだそれでいいがな…」
「次は、食べられるんじゃなくて、食べてやるー!」
「………は?」



 クリスは石化した。









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「おーどうした降谷、深刻な顔して?」



 まるで心配している風ではない先輩に面白そうに尋ねられ、降谷は赤みの残るほっぺたを押さえながら御幸を見上げた。



「せんぱいが、食べるときは口をつければいいっていうから」
「あー、なんか言ったかもなそんなこと。で?」
「…口つけたら、ひっぱたかれたんですけど」



 御幸は一瞬呆気に取られたような表情になったが、途端に吹き出した。



「マジでやったのかお前!?うわーありえねー」
「……」
「それで殴られたのか!え、どんな子にやったんだよ!」



 後輩の恋愛話をただ聞き出したいだけの御幸に、降谷は表情一つ変えず、



「狼、ですよ」
「………えぇ?」



 御幸が口を開いて硬直しているのは別に気に留めず、降谷は指先であのとき摘んでいたシロツメクサをいじりながら、ほんのちょっと、口角を上げた。







「おいしかったです。たぶん」







おわり。




08,7,2



このあと何年か経つとえろい展開もできるようになるのかもしれないですね。もしかしたら続きを書くかもしれない…ですね(笑)。
読んで下さりありがとうございました!