――久しぶり。

 

 

 

 

 

野球の神様

 

 

                                       

 

 

アメリカのイタリア系マフィアが。そこまで言ってツナは音を立てて書類をデスクに置いた。

「アメリカ?」
「そう…で、これは資料」

綺麗な白い指先がトントンと叩いた紙の山。慣れたはずのアルファベットの羅列が妙な違和感

を漂わせる。英語か。そう納得して、世界共通語よりイタリア語に精通した今の自分がおかし

いような、そうでもないような気分に襲われた。

「…どうかした?」

ツナはいぶかしげにこちらを見上げる。報告を終えたのにまだ執務室に残っているのが不思議

なんだろう。
俺はツナの読んでいる書類を覗きこむ。

「ええと…シカゴ…ラスベガス…ロス……あれ、コレなんだっけ?」
「こらこら、都市名だけ拾い読みしたら意味ないって、山本」

ツナは眉尻を下げて笑う。少し寂しげな表情を変えたくて、デスク上から書類を奪った。

「ちょっと見せてー」
「へっ?」

視界の端に目をまるくしたボスが見え、口の端を上げながら、ぱらぱらと書類をめくる。対し

て面白いわけでもない。久しぶりにお目にかかる英語が並ぶだけ。英語ってこんなに母音が少

ないのか、と妙に感心する。
ちらりとツナを見ると、何とも言えない困り顔で俺を見ている。そんなに見せたくなかったん

だろうか?それならそれで、すぐ奪い返せばいいのに。
すると、突然。

活字だらけの紙面に現れたるは、大きな腹のアメリカ人――?

「あーあ」

残念そうなツナの声。

「山本には、あんま…見せたくなかったのは、ホントだったのに」

不思議な言葉が耳に届いた。
太った男は、バッターボックスで、高々とバットを掲げていた。
そうか、野球だからか。やっぱり妙に納得して、俺はツナを見た。ツナはのびをしている。余

程疲れているんだろう。
俺は写真の男を指差して。

 

「これ、誰だっけ?」

俺の言葉に、ツナはデスクに崩れた。幸いなことに書類は一枚も無かったので、仕事に支障は

出なかった。

「書いてあるじゃん名前…」
「ん、そっか」
「てか、俺でも知ってる超有名な選手だよ?」
「あー、そっか、ベーブ・ルースかー」

ツナの疑いのこもった声にのんびり納得する。

確かに有名だけれど、あまりに昔の選手なので俺もそれほど詳しくない。知っているのは日本

人選手の沢村栄治と勝負して負けた、とかいうあまりかっこよくない逸話くらいだ。

「沢村と沢田って似てるな」
「え?」
「いや、どうでもいい話なんだけど」

書類をよく読んでみると、ボンゴレと同盟を結んでいるアメリカマフィアのボスがベーブ・ル

ース好きだとかいう内容だった。ツナはそういった奴らとちょくちょく会合をしているので、

しばしば彼らの好みを頭に叩き込んでいる。気のきいた話、というのはこんな裏稼業でも重要

らしい。しかし、こんなものにまで目を通さなくてはならないツナが気の毒でもある。
視界の隅でツナは首を傾げていたが、俺がそれ以上会話を続けないからか、遠くを見るような

目をした。そしてそのまま息をついて腕に顔を埋めた。すねたみたいに見えた。

「元野球少年のくせに…」
「でも特にヒイキの選手がいたってわけじゃないしなー。それにさっきも言ったけど、古い話

はさっぱりだし。コレだって、ホラ、白黒写真だろ?」
「……」

ツナはそれには反応せず。

「元野球少年のくせにー…」

呟いて、駄々をこねるように唸った。顔は見えない。
野球の話をするとき、ツナは当たり前のように淡々と話す。イタリアじゃ人気ないよね、とか。

山本、たまには見に行きたいでしょう?とか。他の奴がハラハラするくらい、当然のように話

す。謝ったりしない。昔みたいに、マフィアを選んだことを後悔していないかなんて逐一聞い

て、泣いたりしない。
責めてくれてるんだ。自分のことを。俺のことを。

「野球の神様、なんだよ」

ツナは柔らかな声で言って、ゆーっくり身体を起こした。眠そうな瞳をしていた。

「ベーブ・ルースって、野球の神様、なんだって」

視線を書類の写真に移す。神はとても優しい眼差しをしている。戦ってるってのに、余裕なの

か、何か悟っているのか、それとも元々こういう顔なのか。

「神様か」

写真部分をそっと撫でる。

 

――久しぶり。

 

心の中で言って、笑った。
目を上げると、不思議そうにこちらを見つめるツナと、目があった。


 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶり、野球の神様。その節は散々裏切ってくれて、ありがとな。


今でも俺は野球が好きだよ。今でも、あんたを信じてるよ。



 

 

けどさ。やっぱり、どうせ俺が信じる神様なら、こんな太っちょのオッサンより美人の方が

いいって思うんだ。コレってフツーじゃね?

 


な、ツナ。




 

 

 

「ありがとう。俺の神様」
「……?」
「ツナに言ったんだよ」

 

 

 

 

 


祈るのならば。焦がれて尽くして愛してキスして待って泣いて怒って笑って守るのならば。


 

もう一度だけ言うけれど、太った野球選手なんかよりうちのボスの方がふさわしいんだよ。



Oh, My, God!!!
(
だ・い・す・き・だ・ぜ、ツナ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

――けれど、ツナはちょっと考えて。

 

「でも、俺は狙ったところにホームランなんて打てないよ?」

「え?」

 

きょとんとして瞬いた俺に、

 

 

 

 

 

 

「もー、ほんとに知らないのー?野球の神の伝説を!」

 

 

 

 

 

 

 

神は、それはそれは美しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

07,8,11   ベーブ・ルースを知らない方には優しくない話ですね…(土下座)