<宣誓>





湿度は60%
気温は19゜
秋晴れの空は何処までも青、青、青――


「わぁ…!」
「……?」

ひやり、とした。ほぼ同時に上げられた綱吉の声に訝しんで、雲雀は書類から視線を上げた。

「…」

首を巡らせば斜め後ろ、窓から外を見上げている綱吉の姿が見える。ガラスごしでは飽き足らず、半分程窓を開き、身を乗り出すようにして空を眺めている。先程ひやりとしたのは開かれた隙間から外気が入り込んだからだろう。

「…寒いんだけど」
「えっ!わ!すみません!!」

バタバタと慌てながら綱吉は開けたばかりの窓を閉めた。
「…仕事…邪魔しちゃいました…?」
ビクビクとした声とすくめられた肩。こういう時の彼は雲雀の厭う草食動物に似ているのだが、それも少し違うかなと最近思うようになった。

「別に」

気にしてないよ、と言う意図で。椅子を引いて立ち上がる。

「何を見てたの」

綱吉の隣まで行くと、彼が見ていた辺りを眺めた。

「空です。すごく天気いいんですよ今日」

嬉しそうに答える綱吉を見て、雲雀の表情が穏やかになる。
確かに校舎の合間に見える空は雲一つ無い、嘘みたいな青。南向きの応接室は常に日当たりが良いのだが、仕事をしていて妙に室内が眩しく感じたのはこのせいだったのか、とようやく得心がいった。

「好きなんだ、こういう天気」

弾んだ声に尋ねる。

「晴れが嫌いな人って、あんまり居ないと思うんですけど…」
「ふぅん…」

すぅっと雲雀の双眸が細められた。気付かない綱吉は、あぁでも、と続ける。

「でもホントは、少しくらい雲があった方が好きなんですけどね」

青過ぎる空は少しだけ寂しい。清々しいとは思うけれど。でもやっぱり。

「…何にも無いのはちょっと寂しいかな〜って」

はは、と冗談めかした言葉。

「……それは、」

先程までとは異なったトーンの雲雀の声が室内に広がった。聴く者の意識を引き付ける音。

「僕を選んだと言う解釈でいいのかな」
「――…?」

言葉の意味を捉えかねて,綱吉は雲雀の顔を見詰めた。彼の端正な横顔はついさっきまで綱吉が見上げていたガラス窓の先――ひとひらの雲さえ無い青空へと向けられている。

「自分の言葉に責任も持てないの」
「はい…っ?」
「…本当に鈍いね」

横顔がこちらを向いた。切れ長の縁取りの奥、漆黒の瞳が綱吉の顔を捉える。

「これ」
「え…っ」

焦点も合わない程の目前に突き出されたのは年季の入った美しいリング。緻密な細工を施されたそれは窓から入り込む光によってキラキラと濡れたように輝いている。

「確か僕は、雲の守護者なんだろう」
「……」

ぱちくり。
なぜだろう、何処か楽しげな雲雀と眼前のリングを交互に見遣って反芻。
反芻。
反芻。
――何も無いのは……
「……っ!!!」

弾けるように綱吉の顔が朱を帯びた。
雲の守護者に対して、あんな言葉を吐くなんて。そんなのまるで…。

「僕が居ないと寂しい、んだって?」

楽しそうにとても楽しそうに彼は問うた。

「いや…!だから、それは…違…」

何故か語尾が弱くなっていく。否定の言葉を最後まで紡げずに、綱吉は俯いた。
何故か?―そんなの、答えはもう知っている。
何も考えず発した一言。それなのにそれなのに、今自分に問えばそれは確かに雲雀の指摘通りで。ぐるぐるゆらゆら戸惑ってしまう。


――なぁオレ、ちょっと訊くけどさ。もしも雲雀さんが居なくなったら?


――そんなのそんなの、やっぱり寂しいに決まってる。


「…あぅ……」

負け、負け。完全なる敗北!
無意識な深層心理を悟られた挙句からかわれるなんて。負け以外の何でもないじゃないか。
がっくりと大きくうなだれると、雲雀のくすくすと言う笑い声が降って来る。

「自覚があるなら、それはもう一級品の殺し文句だったのにね」
「…自分で解っててそんな恥ずかしいことなんて言えません…っ」
「ふぅん…残念」

何がですかと返す前に、雲雀の手が綱吉の首筋に伸びた。

「ひゃ…」

皮膚を掠めた指先の感触に肩をすくめる。けれどそれはすぐに消え去って、チャリッと言う小さな金属音が鼓膜に届いた。

「あ…」

胸元に細い鎖で下げていたリング――激しい戦いの末勝ち取った次期ボンゴレである確かな証――が、雲雀の指によって服の外に引き出されていた。先程見た雲雀のリングより更に――まるで果て無い青空と呼応するように、リングの中の青空はキラキラと光を弾いて存在を示す。

「雲雀さ…?」
「誓ってあげる」
「へ…」
「ずっと君の傍に居てあげるよ、綱吉」

形のよい指先が、ボンゴレリングを少し掲げた。キラキラ輝くそれを支える左手第四指に守護者のリングが嵌められていたのは果たして故意か偶然か。
雲雀は上体を折り、僅かに膝を曲げる。近付いてきた彼の薄い唇は、数々の歴史を見て来ただろうそのボンゴレの証に落とされた。

「――君が、寂しくならないように」

下方から覗き込むような視線に射られて、只でさえ凍結していたアタマが今度は臨界点で沸騰し始める。

「……っ」

恥ずかしい。
だってこんなの!こんな台詞こんな仕種!


…プロポーズ、みたいじゃないか!


思えども口には出せない。だって不敵に笑むその唇は,躊躇なく自分の憶測を肯定してくれそうだったから。

「……あ…りがとうございます…?」
「…何で半疑問なの」

悪戯半分に怒気に似た低音を含ませる。

「す、すみませ…っ」

ひぃっ!と肩を震わせるのはそう、最近気付いたのだけれど、群れる草食動物ではなくて小動物のそれ。

「……」

愛しくて愛しくて堪らない小さなイキモノ。寂しさで死んでしまうなんて事が無いのは知っているけれど、君が望むなら(たとえ望まなくても)。

「誓うよ」

もう一度口付けて。告げる。


いつだって傍に居てあげる。
いつだって君を染め上げてあげる。


きっとそれが、逃れられない守護者の運命。








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