<解答;略>
「…どうかしたんですか?」
雲雀さん、と。
先程から自分を抱き締めたまま動かない彼に、問う。ちょっとだけ、呆れ笑いながら。
「ん…」
肩口に載っていた形の綺麗な頭が少し動いて、背中側から腹部に回された腕が、微かに締まる。
手付かずの書類は机の上。自分たちはその少し離れた所にあるソファーの上。
雲雀はどうにも放してくれそうに無いので、本日の仕事はこれでお終いだろう。普段綱吉が放り出したがる事務的な仕事を(赤ん坊がうるさいから、と)片させるのは雲雀だというのに、これでは役目が真逆だ。
常の彼としては有り得ない奇行だが、綱吉にとってはそうでもない。基本的に二人きりの時、彼は過剰にスキンシップを計ってくるので。
きっと雲雀恭弥はそういう人間なのだと、抵抗なく受容していた。
けれどここまでにべたべたしてくるのは、随分と稀な部類に入る。以前も何度か似た状況に陥ったけれど、確かその時、は。
(眠いの、かな…?)
そういえば、腰に回る手も、首筋に僅かに触れる彼の頬も、普段より暖かい様に感じる。
「…眠いんですか?」
問えば、僅かに頷く仕種。
何だか可愛いな、と思ってしまう。
「…ぅ」
ほんの小さく呻く、というよりはまるで幼子が駄々を捏ねる様な声に、綱吉はくすくすと笑った。
「群れるなって、いつも、言うのに」
彼の中で自分がトクベツなことは、自惚れを抜きにしてちゃんと知っている。だからこれは、ただの茶々。
「群れてない…、」
返答は無いと思っていたので、綱吉は一度瞬いて、耳を澄ませた。
「……愛でてるだけ」
「…」
何ですか、ソレ。
ツッコミを入れたくなったけれど、不意にどきりとしてしまった心臓に驚いてそこまでの余裕が無かった。
「そ…、ですか」
「…うん」
と、また、きゅっと腰を抱き締められて、より身体が密着する。ごろごろと猫みたく甘える声さえ聞こえそうなその仕種に、これではどちらが愛でているのか解らない、と綱吉は笑った。
「…雲雀、さん」
触れ合う体温が心地良い。ずっと全身に滞っていた睡魔がずるずると引き出されて、五感が鈍る。けれど。
「…」
刹那。彼の人が纏う雰囲気が揺らいだ事に気付かない程、雲雀は愚鈍では無かった。
それは何処か綱吉の超直感に似た、彼特有の野生地味た感覚。
甘い余韻は、惜しんだところで跡形無く消えてしまっている。
だが、否、だから。
綱吉を放すことはせずに、沈黙のまま声を、聴いた。
「止めないで、下さいね」
「――」
解っていた。喩え雲雀自ら、彼にしては有り得ない程に慎重な回避策を予め考えていたとしても、それは全て愛しい此の人の声によって棄却される事を。そして自分が、『知って』いて尚、その決意を止められない事を。
「…止めはしないけど」
嘘。
止めたくて、堪らない。
こうして抱き締めているのだって、触れ合いをらしからぬ態度で求めるのだって、本当は眠気などまるで無くて気味が悪い程目が冴えているのだって。
彼を尊重するという立場に居なければならない存在としては、全てエゴなのだと解っている。
本当はコトの顛末など全て知っていた。
この約十年の間に覚悟は全てしてきた。
けれど百聞は、の言葉通りに現実は既存の知識など嘲笑う様に遣る瀬無い苦痛ばかりに満ちていて、いっそ自分が愚かであればと何度願ったことか知れない。
…あの一々腹の立つ霧ならば、幻術を駆使して巧く立ち回るのだろうか。
そんな思考にさえ到る自分に、嫌悪以前に呆れ果てる。他者に頼る可能性まで念頭に置いてしまった時点で、自力に対する矜持などカケラも残っていない事に気付いた。
(だが、それでも、)
そう思考の口を突いて出る否定の言葉。…本当に自分はやり直せない程『弱く』なってしまった様だ。
(第三者に縋ってさえ、人知を超えた力に頼ってさえ、この腕の中に在る代え難いぬくもりを喪いたくないのだ。)
「…」
長い沈黙は果てしなく続きそうな錯覚。寧ろこのまま時が止まればいいと愚かにも願う。
一体この十年で自分がしてきたのは何だったのだろう。いずれ一時と言えど喪うなら、今を大切にしなければなんて、何かの安っぽいフレーズみたいな事まで考えて接してしまったのがいけなかったのか。覚悟と信じたのは本当は表層だけの意志だったのか。
正答など、知っていても誰もくれる筈が無い。そもそも回答の必要すらない問なのだから。
(僕は止めない)
否、
(僕には、止められ、ない。)
「…愛してる」
「ぇえ!?ちょっ…、な、なんですかイキナリ…っ!」
沈黙に堪えかねたみたいに呟けば、綱吉は一度びくっ!と震えた。耳元で言ったのがいけなかった様だ。
この位置では表情を見ることは叶わない。けれど触れ合う頬で、綱吉の顔が赤に染まったことが解った。
「愛でてるだけ」
言葉通りじゃない、と笑えば彼も釣られた様に笑う。ただし少しだけ苦く。
「…オレも、」
「…」
コタエなど聴きたくないから口を塞ぐ。それは『知る』自分にとって、余りに、残酷。
…口中で融けた声は、夢の様に甘かった。
終
こども雲雀が将来ツナが撃たれるという事を過去の時点で知っていて、そのまま成長したら何だかものすごく可哀想なんじゃない。
という話。
いやでも、ツナは死んでないって信じてますけど。
天野先生に見事に踊らされてます。
本誌の展開が進む内に色々解ってきて居た堪れなくなってきたら削除したい・・・
07,9,13
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