き,きまずい. 〈見つめ合い〉 最近綱吉はよく応接室へ行くようになった.それは別に校則違反によるものではな い.学校の中で「彼」に会ってしまうと,連行されてしまうのである.今日も,そう. 「おいで」 帰ろうと思って教室を出て数メートル.窓の外を眺める彼と出くわし,いつものよ うにたった一言で連行されてしまった. 初めの内こそ恐いという感情もあったが,今ではどちらかというと,不思議でよく わからない,という感じ. 応接室に通すと,彼は必ず紅茶を入れてくれる.よどみない動きで,カップが綱吉の 前に滑るように置かれる. 特に何を話すわけでもなく,二人で紅茶を飲んで,綱吉が「あの,そろそろ帰らない とリボーンが…」と言うと,「そう」とだけ言われる.それが帰ってもよいという 合図.時と場合により「獄寺くんが…」とか「山本が…」等のバリエーションはあ るのだが,リボーン以外の名前が出ると彼は不機嫌になるので(「……ああそう」 などと間があいたりする),大抵リボーンに責任を押し付けていた. で,今日なのだが. 綱吉は硬直していた.一瞬は紅潮したのだが,今は専ら硬直状態である. いつも通り応接室に通され革張りのソファに座ると,いつもは紅茶をいれにゆく彼 はしかし隣接する給湯室へは行かず. 綱吉の隣りに座った. 「えっ…!?」 驚く綱吉を後目に,彼は顔を近づけてくる.綱吉の顔が赤く染まる. 「ひ,雲雀さ…?」 「……」 恥ずかしくて思わず顔を背けようとしたら,雲雀の指が頬にすべってきて,片手で 顔を固定された. 「…!?」 ただでさえ息がかかりそうな至近距離に顔を近づけられたのに,こんな微妙な拘束 状態にされては綱吉はもうパニックである. 『怒らせた?まさか』 何故こんなことになっているのかさっぱりわからない.しかし彼がわからないのは 今に始まったことではないし…と考え,綱吉は更に頭がこんがらがった. 雲雀は何をするでもなく,何を言うでもなく,じっと綱吉の両眼を見つめている.表 情はない.ただじいっと,見つめ続ける. 始めは恥ずかしかった綱吉も,時間が立つにつれて緊張とかよりも気まずさの方が 勝ってきていた.彼に対してどんな表情をすればよいのか?というか今自分はどん な顔を彼に向けているのか? 何を思ってもどうしようもなく,だから綱吉も雲雀の顔を見つめ続けることになる. 綺麗な顔.一言で言い表すならそれに尽きる.闇を凝縮したような漆黒の切長の目 に,すっとした鼻や口のライン.自分と同年代とは思えないほどの(実際彼が何歳な のかは不明だが),大人びた美しさ……. そんなことをぼけーっと考えていると,彼が突然口を開いた. 「綱吉」 「…はっ,はいっ?」 別段,雲雀の表情に変化はないが. 彼も飽きたのだろうか. 「どう?」 「…は?」 いきなりどう,と聞かれても.綱吉にはさっぱり意味がわからない.しかしここで機 嫌を損ねるような発言もできない. 彼の目から出来るだけ視線を外して,おそるおそる,綱吉は少しだけ口を開ける. 「ど,どうとは何がでしょう…?」 それでもしっかり綱吉の視界に入りこんでいる雲雀は,やっぱり何を考えているの かわからないような顔のまま. 「感じた?」 真顔でそんなことを言う. 綱吉大混乱. 「は」 「じゃあ,どきっとした?」 雲雀は続ける.心なしか,既にほとんど距離の無かったはずの二人の間が、更に縮 まった気がする. 「え,…と?」 綱吉は小首を傾げた.本当はもっと首を動かしたかったのだが,雲雀の指にがっし り押さえ付けられているためほんのちょっと顔が傾いだだけ. 「じゃあ…」 雲雀は口角をあげる. 「運命,感じてる?」 「……?」 綺麗な笑みだな,と思った途端またよくわからないことを言われ,綱吉はいっぱい いっぱいである. それでも何か返事をしないと決定的にヤバそうなので,ぽかあんと開いたままだっ た口をぱくぱく動かす. とりあえず,何か言わなくては. 「あの,雲雀さん.どういうことか俺よくわからなくて…」 「……」 眉間の皺を深くして黙りこむ雲雀に,綱吉は内心心臓をばっくばっくさせつつ言い 繕う. 「あ…のですね,俺すごくバカで,その,雲雀さんのおっしゃりたいことがよくわか らない…ので…」 「……」 雲雀はため息をついた. 「本当に,ね」 「え?」 雲雀は綱吉の頬から手を放すと,顔を離した. 遠ざかってゆく雲雀の顔に,綱吉の身体の力がどっと抜ける.雲雀と一緒にいるだ けでも力が入るのに,こんなに近くにいられてはもう身体はカチンコチンで,筋肉 痛にでもなりそうだ. 力が抜けたせいもあってか,綱吉はつい,ぽつりとつぶやいた. 「どうしてこんなことを…?」 言ってから凄まじく後悔した.雲雀がギロリ,とこちらを見やったからだ. 『こ,今度こそ怒らせた!?』 綱吉は無意識にソファの上で数センチ後退り,固まった. しかし雲雀は怒っているふうもない.今度は距離があるものの,また綱吉をじっと 見つめる. さすがに綱吉も困った.自然と眉根が寄る。 「雲雀さ…」 「見つめたかったから」 『え?』 雲雀はそれこそ今日の天気でも語るような単調さで言った.言ってから何か考えこ んで,ああ,と一人納得して手を打つ. 「いや,違う.見つめ合いたかったからだ」 「……はあ」 本当によくわからない人だなあ,と綱吉は思った. 「また,見つめ合いにおいで」 そう言って,彼は綱吉を応接室から見送った.どことなく,嬉しそうに. 昇降口で上靴を履き替えて,外に出る.今日はリボーンに殺されかけないかな,とか, 相変わらずランボやイーピンやビアンキはウチでメシ食ってくのかな,とか思いつ つ. 振り向き,振り仰ぐ. 応接室の窓. いるはずないよなあ,と思われた雲雀は,でもなんかいそうだなあ,という綱吉の予 想通り窓に身体をもたせかけていた. こちらを見る彼は心なしか,微笑んでいるようだった. 「…あれ?」 感じた? どきっとした? 運命、感じた? 今. 綱吉はとりあえず,応接室の窓に向かって頭を下げた.先輩なんだし,偉い人なんだ し.それに… 「雲雀さん,だし」 明日も,応接室に行こう. 彼をもっとよく知るために. 彼と,見つめ合うために. 終 はい自己満足雲綱でした〜爆.一回ちゃんと雲綱書いてみたくてひねり出したネタ. ツッ君は我慢強い子ですからね!,おそらく十分くらいは見つめ合ってたのでしょ う.(長いな…) 少しずつ,お互いが特別な存在になればいいな,なんて.実際の恋愛なんてドラマチ ックでもロマンチックでも甘い言葉もない,こんな日常なのかな,なんて,思ったの でした.読んでくれてありがとうございますv